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今さら聞けない「マスバランス」の話を背景からわかりやすく説明します——なぜグリーンスチールは「先に」走り出したのか

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この記事の3つのポイント

  • 自動車や海運などで採用が進むグリーンスチール。そもそもなぜ「グリーン」なのか?
  • 背景にあるのが「マスバランス方式」。削減努力を帳簿上で割り当てる仕組みで、設備投資に時間がかかる鉄鋼業界の「移行期ツール」として注目されている
  • 「物理的には同じ鋼材が帳簿上でグリーンになる」ことへの懸念も。Scope 3削減圧力が高まる中、透明性ある説明が求められている

政策と市場が同時に動き始めた

2025年1月23日、経済産業省は「GX推進のためのグリーン鉄研究会 とりまとめ」を公表しました。

製鉄業の脱炭素化に向けた技術開発や市場形成の方向性を示すものとして、多くのサステナビリティ実務者が注目した文書です。

 

(リンクはこちら→) GX推進のためのグリーン鉄研究会 とりまとめ

 

この動きと並行して、グリーン鋼材を実際に採用する動きが、複数の産業で加速しています。

代表的なのは自動車業界です。

日産自動車、トヨタ自動車、いすゞ自動車など、複数の自動車メーカーがグリーン鋼材の採用を表明しています。

そして2024年から2025年にかけて、もう一つの産業が大きく動き始めました。海運・造船です。

 

海運・造船でも採用が進む

日本郵船グループのNYKバルク・プロジェクトは2024年6月、JFEスチールのグリーン鋼材「JGreeX®」のみを使用した近海新造船「BRIGHT QUEEN」の命名・進水式を実施しました。

グリーン鋼材のみを使用した船舶は、日本郵船グループで初となります*1

 

商船三井は2025年1月、グリーン鋼材を船体に用いた多目的船「Prima Verde」の竣工を発表しました。あわせて、風力補助推進装置を備える点も特徴として紹介されています*2

 

川崎汽船も、今治造船が建造し2026年に竣工予定のウルトラマックスバルカーについて、建造に使用する鋼材はすべてJGreeXとする方針を示しています*3

 

またJFEスチールは2025年6月、同社のグリーン鋼材「JGreeX®」が内航一般貨物船に初採用されたと公表しています*4。さらに同年7月には、天井クレーンへの初採用も発表しました*5

 

船舶は、大型構造物として長期間の使用を前提とし、海水や厳しい気象条件への耐性など、船級協会による厳格な品質基準が求められます。

そうした産業でグリーン鋼材の採用が進み始めたことは、技術的な信頼性と供給体制が一定水準に達したことを示す重要なシグナルと言えます。

 

実務者が立ち止まる疑問

ここで、多くの実務者が疑問を持つポイントがあります。

それは、

まだゼロエミッション製鉄が本格的に普及しているとは言いがたいのに、なぜ鋼材が「グリーン鋼材」として市場に出ているのか。

 

という疑問です。

この鍵を握るのが、「マスバランス方式」という考え方です。

 

「帳簿」で環境価値を管理するという発想

マスバランス方式は、国際的にはChain of Custody(CoC:サプライチェーン上の管理モデル)の一つとして整理されます。

認証された原料・製品と非認証のものが物理的に混ざり得る一方で、一定のルールに従って「特性(たとえば持続可能性の属性)」を帳簿上(bookkeeping)で管理・割り当てる考え方です*6,*7

 

たとえば巨大な製鉄所で、一部の燃料を切り替えるなどして、製造プロセス全体の排出量が一定程度下がったとします。

その削減分を、ある特定の鋼材に「属性」として割り当てられるようにする。
すると、物理的な製造ラインを一気に作り替えなくても、削減努力を価値として市場に出し、次の投資へつなげやすくなります。

JGreeXも、まさにその発想で説明されています。

JFEスチールは、同製品について「自社のGHG排出削減技術で創出した削減量を任意の鋼材に割り当てることで、鉄鋼製造プロセスにおけるGHG排出量を大幅に削減した鉄鋼製品」と位置づけています*5

 

ここで浮かぶ違和感

この仕組みを知ったとき、多くの実務者は、このような疑問を抱くのではないでしょうか。

物理的には同じ鋼材なのに、帳簿上の割り当てで「グリーン」になる——それは本当に削減と言えるのか?

 

実際、マスバランス方式に対しては、賛否両論があります。

一方で「移行期の現実的な仕組み」と評価する声があり、他方で「実態との乖離が大きすぎる」という懸念も根強く存在します。

では、なぜ鉄鋼業界では、この方式が避けて通れない選択肢として浮上しているのでしょうか。

 

なぜ鉄鋼業界では不可避になりやすいのか

鉄鋼業は、設備投資の規模が極めて大きい産業です。

高炉を含む基幹設備の更新や、新技術への移行には、一般に長い移行期間と巨額の資金が必要になります。

だからこそ「完全な技術が整うまで何もしない」という選択は、現実には取りにくい。

ここに、マスバランスのような「移行期」の仕組みが必要とされる理由があります。

 

それでも、慎重な説明が求められるのはなぜか

一方で、マスバランス方式の採用には、慎重な説明が求められます。

鉄鋼は、自動車、造船、建築、インフラ、機械など、あらゆる産業の川下で使われる基礎素材です。

特に自動車や造船などの川下産業は、Scope 3を含めた排出削減を強く求められており、調達する鋼材の環境価値をどう捉えるかが重要な経営課題になっています。

こうした背景から、物理的な実態(手元に届く鋼材そのもの)と、帳簿上の属性(削減価値の割り当て)の関係について、説明の透明性が強く求められます。

説明の仕方を誤ると、「それは実態と違うのでは」と受け取られやすい領域でもあります。

 

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次回は、この方式を「現実的なブリッジ」と位置づけるとしたら、どこまでが許容範囲で、どこからが危ういのか。

実務の視点から、判断軸を整理していきます。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 出典:NYKバルク・プロジェクトリリース『JFEスチール製グリーン鋼材を使用した近海新造船の命名・進水式を実施
~ グリーン鋼材のみを使用した船舶は日本郵船グループ初 ~』(2024年6月6日)

*2 出典:商船三井リリース『環境に配慮した多目的船「Prima Verde」が竣工~世界初、グリーン鋼材採用船へMGO専焼エンジン・風力補助推進装置を同時搭載~』(2025年1月30日)

*3 出典:川崎汽船リリース『新造ウルトラマックスバルカーへJFEスチール製グリーン鋼材「JGreeX」を採用』(2023年12月20日)

*4 出典:JFEスチールリリース『内航一般貨物船にグリーン鋼材「JGreeX®」が初採用』(2025年6月12日)

*5 出典:JFEスチールリリース『天井クレーンにグリーン鋼材「JGreeX®」が初採用』(2025年7月7日)(脚注に割当の考え方を明記)

*6 出典: ISO, ISO 22095:2020, Chain of custody — General terminology and models(ISO Online Browsing Platform の定義)

*7 出典:ISCC, 2025年7月1日, ISCC PLUS 203 Traceability and Chain of Custody v1.0

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