人材戦略 / 価値創造ストーリー / 統合報告書 / 資本効率
この記事の3つのポイント
本記事は、2025年7月14日付ブログ記事『2026年、日本企業が進める「ライトアセットなプラットフォーム戦略」──持たないことで広がる価値のかたち』の続編です。
未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
前回の記事では、日本企業に広がるライトアセット化を、資本効率・レジリエンス・サステナビリティの文脈から整理しました。
「重い資産を持たず、仕組みで価値を広げる」――この方向性は、今や多くの企業にとって避けられない経営判断です。
けれども、こうした合理化が進むなかで、現場の担当者の方々から、こんな声を耳にすることも増えてきました。
「社内の一体感が弱まっている気がする」
「部署を超えた助け合いが減った」
それは単なるノスタルジーでしょうか。
それとも、B/Sには載ってこない別の資産が失われている兆候でしょうか。
ROEやROAといった資本効率の視点から見れば、不動産や自前施設を縮小し、外部リソースを活用することは極めて合理的です。
近年では、企業が社内の厚生施設を閉鎖する一方で、スポーツ団体への協賛やスタジアムのネーミングライツ取得といった外部投資に力を入れるケースも増えています。
これは、「社内コミュニティの場」から「外部ブランド価値」へのシフトを象徴するものと言えるかもしれません。
これはまさに、ライトアセット戦略の典型です。
ただ…
ここで立ち止まって考えたいのは、
外部向けのブランド投資と内部向けのコミュニティ投資は本当に代替可能なのか?
という点です。
スタジアムの名前を冠することは、たしかに誇らしいことでしょう。
ですが、それによって、たとえば
・部署を超えて声を掛け合う
・役職を外してともに汗を流す
・「自分の担当外」でも自然に引き受ける雰囲気が生まれる
といった、組織の中に必要な自発的な行動までも醸成されるでしょうか。
この問いを言語化するカギとなるのが「組織市民行動(OCB)」という考え方です。
OCB(Organizational Citizenship Behavior)とは、職務記述書には明記されていないものの、組織が円滑に動くために不可欠な自発的行動のことを指します。
たとえば――
利他主義:困っている同僚を自発的に助ける
誠実性:求められる以上の水準で仕事をやりきる
スポーツマンシップ:不満を飲み込んで建設的に行動する
礼儀正しさ:摩擦を未然に防ぐ配慮
市民の美徳:組織の一員としての責任感を持ち続ける
こうした行動は、短期的なKPIには表れにくく、評価もしにくいです。
ですが、変化の多い時代においてはこうした「見えない資本」が、むしろ組織の粘り強さやレジリエンスを支える土台となり得ます。
かつて社内にあった体育館や部活動は、単なる福利厚生施設ではなく、こうしたOCBを体験的に育む場でもありました。
たとえば、
利他主義はパスを回す中で学び、
スポーツマンシップは負け試合のあとに試され、
市民の美徳は「このチームの一員だ」という感覚から育ちます。
ライトアセット化で消えたのは建物だけではなく、
こうした「目に見えない練習場」だったのではないでしょうか。
私は、施設を残すべきだと主張したいわけではありません
これから問われるのは「その代わりに、何を設計するか」ではないかと申し上げたいのです。
たとえば――
- 外部へのスポンサーシップを、社員の誇りや参加感につなげる
- 物理的な場がなくても、越境的な交流や偶発的な助け合いが生まれる仕組みを整える
など。
つまり、ライトアセット化は終点ではなく、「人的資本の設計力」が問われる新たな起点ではないかと私は考えているのです。
2026年、企業はますます身軽になっていきます。
だからこそ、私たちは問わなければなりません
——「何を持たないか」ではなく、「何を育て続けるか」を。
御社のB/Sから消えたアセットの中に、実は、組織の潤滑油である「見えない資本」が含まれてはいなかったでしょうか。
ライトアセット時代の人的資本経営とは、OCBという無形資産を意図的に設計し直すこと。
その創意工夫の積み重ねが、やがて企業価値の差となって現れていくように思います。
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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。