この記事の3つのポイント
新年が明け、経産省の審議会資料に目を通し始めている担当者さまも多い頃かと思います。
1月9日に開催された「グローバル環境変化を踏まえた我が国の立地環境整備のあり方等に関する検討会」の事務局資料も、そのひとつではないでしょうか。
一見すると、これは「産業政策」や「立地政策」の話に見えます。
ですが、読み進めていくと、IRやサステナビリティの現場で皆さまが日々向き合っておられる論点と、実はよく似た構造が浮かび上がってきます。
本日はこの資料を、ROICとキャッシュアロケーションという視点から読み直してみたいと思います。
この資料を読んでいて、
「言っていることはわかるけれど、どこかスッキリしない」
そんな感覚を覚えた担当者さまも、いらっしゃるかもしれません。
「土地が足りない」
「用地を確保しなければならない」
確かに現場の声としては理解できる。
ですが同時に、「それだけの話なのだろうか」という引っかかりが残る――。
もし、あなたがこの経産省資料を読んでそうした違和感を覚えたのだとしたら、その読後感こそが、まさに投資家の考え方です。
資料によれば、都道府県・政令市の約8割が「5年以内に産業団地が枯渇する」と回答しています。
数字としては、確かに深刻そうに見えます。
ですが、IRやサステナビリティのご担当者さまとして、一度立ち止まりたいのはここです。
「それは、どの単位で見た“不足”なのか?」
企業でもよくあります——ある部署が「うちは人も予算も足りません」と訴えている一方で、全社で見れば遊休資産が残っている、という状況。
今回の「土地不足」の議論も、構造はこれとよく似ています。
自治体という単位で見ると不足している。
ですが、
広域で、
あるいは用途の入れ替えまで含めて見ても、
本当にそうなのでしょうか。
ここで、財務の基本に立ち返ります。
ROICは、とてもシンプルな指標です。
ROIC = 利益 ÷ 投下した資本
土地も、工場も、インフラも、すべて「投下資本」です。
つまり、ROICで大切なのは、
- 分母(どれだけの資本を使っているか)
- 分子(その資本でどれだけの利益・価値を生んでいるか)
この両方を見ることです。
ところが、今回の経産省資料の議論は、「分母=土地が足りない」話にほぼ集中しています。
一方で、
- その土地で何を生むのか
- どれくらいの付加価値を載せられるのか
つまり分子の議論が、ほとんど出てきません。
これが、財務の目で見たときの最大の違和感です。
誤解のないように申し上げますと、これは、経産省や自治体が間違っている、という話ではありません。
問題は、視点が部分最適にとどまっていることです。
企業経営に置き換えて考えてみましょう。
全社としてはROICを上げたいのに、
各部署が
「自分の部署の資産は触らないでほしい」
「新しい投資だけ欲しい」
と言い続けたら、どうなるでしょうか。
資産の入れ替えは進まず、結果として、会社全体の投資効率は下がっていきます。
今回の「土地が足りないから新しく造成する」という議論は、まさにこの状態と重なります。
もう一歩踏み込むと、これはキャッシュアロケーションの話でもあります。
限られた国土、限られたインフラ、限られた人材。
それらを、
- どの産業に
- どの事業に
- どの順番で
配分するのか。
これは、企業が
「どの事業に投資し、どの事業から撤退するか」
を考えるのと、本質的に同じです。
経産省資料では、日本の地方の用地価格が、必ずしも国際的に見て極端に高いわけではないことも示されています。
これは裏を返せば、使い方次第でROICを大きく改善できる余地があるということでもあります。
ここまで読んで、
「これは本当に土地だけの話なのだろうか」
と感じた担当者さまもいらっしゃるかもしれません。
実は、この構造は、日本企業の経営そのものにも、そっくり当てはまります。
日本企業は、世界的に見ても恵まれた条件を持っています。
優秀で勤勉な人材がいて、社会インフラは安定しており、法治や行政への信頼も高い。
地政学リスクも、相対的には低い。
つまり、日本という国そのものが、「人材×安定性」という非常に質の高いアセットなのです。
にもかかわらず、そのアセットを使って展開している事業が、必ずしも高い付加価値を生んでいるとは言えない。
ROICで見たときに、「もっと別の使い方があるのではないか」と問われる余地が残っている企業も、少なくありません。
そして、もしこの経産省資料を読んで、読者であるあなた自身が同じような違和感を覚えたのだとしたら――その読後感こそが、まさに投資家の考え方です。
今回の資料で示されている
「土地が足りない」「用地を確保しなければならない」
という議論は、言い換えれば、
限られた優良アセットを、
どの事業に、どれだけ割り当てているのか。
という問いに置き換えることができます。
それは、行政だけの課題ではありません。
日本企業の課題でもあります。
いまの事業構成は本当に「割に合っているのか」
——その問いを、ROICという言葉に翻訳して、経営と対話すること。
今回の検討会資料は、そのためのヒントを与えてくれているように思います。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。