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ルーブル美術館にみる「守りのコスト」の再定義—— セキュリティは「経費」か「プレミアム」か?

DX / ニュース

この記事の3つのポイント

  • ルーブル美術館の値上げは、「守るためのコスト」を受益者に明示した好例であり、企業のサイバーセキュリティ投資にも通じる視点を与えてくれる
  • 経産省・公取委がセキュリティ対策費の「価格転嫁」を供給網全体に求める中、企業が“守りのコスト”を価値として説明しやすい環境が整いつつある
  • セキュリティを単なる経費ではなく、「事業を止めない信頼のプレミアム」として語れるかが、2026年以降の企業価値を左右する

 

仏ルーブル美術館は、2026年1月14日以降、EU域外の訪問者を対象に入館料を45%値上げするのだそうです*1

美術館側の説明によれば、資金使途は「改修資金」とのことですが、背景には、同館で起きた大規模な盗難事件などを受け、有形資産を維持・保全するためのコストが急激に増大している現実もありそうです。

 

この「安全と文化を次世代に繋ぐための受益者負担」という決断は、実は現代の日本企業が直面しているサイバーセキュリティの負担という難題に、ひとつの鮮やかな補助線を引いてくれるように思います。

実は本稿を準備していたまさに本日(2025年12月25日)、経産省と公取委が企業のセキュリティ対策費について「供給網全体での価格転嫁」を要請するというニュースが報じられました。

(参考記事)
企業のサイバー対策費、供給網全体で価格転嫁 経産省・公取委が要請(日経電子版、2025年12月25日)

 

この流れは、ルーブル美術館の判断と重ねて読むと、いっそう示唆深いものがあります。

 

「当たり前」というコストの限界

2025年にはアサヒグループホールディングスやアスクルといった日本を代表する企業が相次いでサイバー攻撃の標的となり、事業や供給網といった「社会インフラ的機能」が一時停止する事態となりました。

 

ルーブルが「至宝を守るために、訪問者に負担を求める」と明確に示したように、企業もまた、膨大なデータやサプライチェーンという無形資産を守るためのコストに直面しています。

しかし現実には、企業が「セキュリティ対策費を上乗せします」と明示的に価格へ反映できるケースは、まだ多くありません。

 

その背景には、セキュリティが多くの場合、

「提供されていて当たり前の前提条件」

として受け止められやすく、価値として認識されにくいという構造があるように思います。

 

 

ただ、本日の報道を読む限りでは、そうした状況が変わり始めているように思われます。

2025年12月25日付の日本経済新聞は、企業のセキュリティ対策費について「供給網全体で価格転嫁を進めるべき」とする、経産省と公取委の要請を報じました。

特に注目したいのは、「セキュリティ対策を要請していない発注企業に対しても、交渉に応じる必要がある」と明記された点です。これは、制度的にも、「守るためのコスト」が交渉・説明可能な対象へと位置づけられつつあることを意味しています。

 

「負債」としてのサイバーリスク

2025年12月18日付のブログでは、政府によるガイドライン案を通じた責任整理の動きに触れました。

責任が明確化されるということは、裏を返せば、対策の不備がそのまま経営の説明責任として問われる時代に入ったことを意味します。

 

これまで「ITベンダーに任せることで効率化を図る」という判断は、多くの企業にとって合理的な選択でした。
ただ、攻撃の高度化と影響範囲の拡大によって、委託のあり方そのものが再検討を迫られているのも事実です。

十分な体制を持たないままコスト抑制を優先すると、結果的に将来の大きな損失リスクを抱え込む構造になりかねません。

 

このコストをどこかで誰かが負担しなければならない以上、企業は次の二律背反に向き合うことになります。

- 自社で負担し、利益率や投資余力を削る

- 「安全という価値」として、顧客や市場に適正に転嫁する

 

「セキュリティ・プレミアム」への転換

こうした政策の動きは、企業が「セキュリティはコストではなく価値だ」と伝える後押しにもなり得ます。

 

  • 経産省と公取委は、「労務費や一般管理費と同じく、サイバー対策も間接費として価格に反映されるべき」と明言
  • さらに、取引先の対応水準を可視化する5段階評価制度の導入も検討
  • 2026年度には運用開始予定

 

こうした制度の整備によって、
企業が「守りの質」にふさわしい価格を求めるための土壌が整いつつあるといえるでしょう

 

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ルーブル美術館の事例が示唆したのは、「守るべきものが社会的に重要であるほど、その保全コストは正当な対価として認められやすい」という点です。

 

B2Cの世界ではすでに、

- フリーWi-Fi(安価だが自己責任)

- 専用回線(高価だが高い安全性)

という選択肢が共存しています。

 

B2Bの世界でも今後、

「安価だがリスクを内包する取引」

よりも、

「高いセキュリティ水準を備え、相手の事業を止めないパートナー」

が選ばれる場面は、確実に増えていくのではないでしょうか。

 

セキュリティコストを単なる「見えない経費」として埋もれさせるのではなく、

事業を継続するための入場料」、

さらには

顧客の事業継続を支えるプレミアムな価値

として再定義できるかどうか。

 

「守りのコスト」をいかに「信頼」と「ブランド価値」へ昇華できるかが、2026年は重要になっていくかもしれません。

 

次回予告

とはいえ、「鉄壁の防御」を声高に謳うことは、ハッカーへの挑戦状になりかねないという懸念もあります。

次回は、海運業界の「安全文化」をヒントに、100%の防御ではなく、「説明能力」と「回復力(レジリエンス)」をいかに競争力に変えていくかを考えます。

 

それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子

 


*1 出典:BBC NEWS JAPAN「ルーヴル美術館、欧州圏以外からの来場者の入場料を45%値上げへ 改修資金に」 (2025年11月28日)

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