この記事の3つのポイント
公認会計士試験に英語が導入される、というニュースを見て、
「なぜ今?」
「受験生にとってハードルが高すぎないだろうか」
「人材の裾野が狭まらないだろうか」
そんな違和感を覚えた担当者さまもいらっしゃるかもしれません。
(参考記事)
会計士試験に英語導入 IFRS適用拡大や監査業務の国際化に対応(日経電子版、2025年12月16日)
ただ、この反応には、どこか既視感があります。
実は私たちは、似た空気感を、10年以上前にも見ているからです。
そう、中学受験への「英語入試」導入です。
本日は、公認会計士試験の英語導入を「賛成か反対か」で裁くのではなく、中学受験の英語入試がたどった道筋(導入の趣旨→批判→経緯→現在)をいったんなぞってから、その「続き」として会計士試験の話を眺めてみたいと思います。
少し距離を取って見たほうが、実務者としてのヒントが拾いやすいこともあるからです。
中学受験への英語導入は、最初から全国一斉に広がったというより、学校ごとに少しずつ、という始まり方でした。
当初は、いわば「帰国生」「海外経験がある層」に近い位置づけとして受け止められていた学校も多かったように思います。
学校側の説明は比較的シンプルでした。
- 国・算・理・社の4教科だけでは測れない強みがある
- 英語を軸に学んできた生徒を受け入れたい
- グローバル化が進む時代に対応したい
ただ、この段階で「英語入試=多様性を実現する画期的制度」と歓迎一色だったかというと、そう言い切るのは難しそうです。少なくとも、導入の意図は前向きでも、受け止めは一様ではなかったように記憶しています。
英語入試の存在が少しずつ知られるようになると、ほどなくして、あの論点が浮上します。
「幼少期からの教育投資が有利に働くのでは」
「結局、教育格差を広げるのでは」
「受験英語は実社会で使えないのでは」
これらは、感情論というより、制度設計を考えるうえでの筋の良い懸念だったと思います。
実際のところ、英語入試がどれだけ「多様性」に寄与したかは定義の置き方によって評価が分かれ得ますし、当時も今も、単純に白黒つけにくい話題です。
言い換えると、英語入試は、導入した瞬間にみんなが幸せになるような仕組みではありませんでした。
むしろ「その便利さ」と「その歪み」が、同時に目に入ってしまう制度――と言ったほうが近いかもしれません。
興味深いのは、その後です。
英語入試は「やっぱり無理だった」で終わらず、少しずつ形を変えていきました。
英検など外部試験を活用したり、
単なる文法知識よりも読解や思考の要素を強めたり…
——「英語ができるか」より「英語をどう使うか」に寄せる工夫が増えていったように見えます。
そしてもう一つ、これは中学受験そのものとは別のレイヤーですが、大学入試もまた、一般選抜一本足というより、推薦型・総合型選抜を含む多様なルートが存在感を増していきました。
中学受験の英語入試が、大学入試改革を直接引き起こしたとまでは言えませんが、空気としては、同じ方向を向いていた可能性があります。
つまり、英語入試はそれ自体が多様性を実現したというより、「選抜は一つの軸だけでは語れない」という価値観が、教育の世界に広がっていく過程の中に、早い段階から顔を出していた、そんな読み方もできそうに思います。
さて、話を公認会計士試験に戻します。
今回の英語導入(短答式で英語による出題を行う方針)は、制度としては「科目が増える」というより、短答式の一部に「英語を含む設問」が入るイメージに近いものです。
※詳細は公認会計士・監査審査会ホームページ「公認会計士試験における英語による出題について」をご参照ください。サンプル問題も掲載されています。
このニュースを先ほどの中学受験と重ねてみると、次の論点がすぐに浮かびます。
「英語が得意でない受験生に不利では」
「会計士に本当に必要な英語力なのか」
「入口を狭めないか」
これらの反応は、それ自体が不合理というわけではなく、むしろ自然な反射にも思えます。
なにしろ、英語は努力量が結果に出やすいので、どうしても「機会の差」を連想させやすいからです。
一方で、審査会側が導入理由として挙げているのは、IFRS、グループ監査、監査業務のグローバル化といった実務上の前提の変化です。
日本語訳だけでは捉えにくいニュアンスがある、という説明も含め、背景の置き方はかなり現実的です。
ここだけを見ると、今回の英語導入は、「多様性のための英語」という旗印というより、「業務の変化に追いつくための英語」という性格が強そうに見えます。
とはいえ、監査法人側が多様性を求めているとの報道もあります。
「企業を取り巻く環境は激変している。監査人も考え方の柔軟性や経験の多様性を兼ね備えていないと市場との対話やビジネスの理解ができない」。監査法人トーマツの山田円・人材本部長は多様な人材確保の必要性を説く。各法人は「誰もが主役」(仰星監査法人)や「『違い』を『チカラ』に」(東陽監査法人)といった採用スローガンを打ち出す。
出典:日経電子版『監査法人「求ム多様な人材」 あずさ、育児や介護との両立支援』(2025年11月28日)
英語導入そのものが、多様性を一気に進める魔法の杖になるかというと、そこは慎重に見たほうがよさそうですが、英語と並んで、IT活用やサステナビリティ開示・保証といった論点がセットで語られ始めている点は、見逃しにくい変化です。
以上を総合すると、今回の話を「英語が増える」とだけ捉えてしまうと、ちょっともったいない。むしろ、これからの会計士(そして監査・保証の専門職)に求める標準装備が、少しずつ書き換えられていると読むと、実務の景色とつながりやすくなるように思います。
教育の世界で、選抜の形が少しずつ多様になっていったように、会計士の世界でも、将来的には「試験で何を測るか」だけでなく、「現場で何ができる専門家が必要か」という議論が、より前に出てくる可能性もあります。(これは予測の域ですが、変化の方向としては想像しやすいところです)
公認会計士試験への英語導入は、賛成か反対かで語ろうとすると消耗しがちです。
ただ、中学受験の英語入試と重ねてみると、これは試験制度が、社会や業務の変化にどう適応しようとしているのかを読み解く材料として、案外おもしろいテーマにも見えてきます。
サステナビリティやIRの現場におられる皆さまにとって重要なのは、「英語が得意な会計士が増える」ことそのものというより、これから業界に入ってくる専門家たちが、どんな前提で育ってきた人たちなのかを想像しておくことかもしれません。
制度はいつも、少し遅れて変わります。
だからこそ、その「変わりはじめ」をどう読むかが、私たち実務者のヒントになる——私はこの話を、そんなふうに受け止めています。
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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。