この記事の3つのポイント
旧姓使用の法的効力化に向けた動きが報じられるようになり、サステナビリティ担当者さまや人事責任者さまのもとにも、少しずつ質問が届き始めているのではないでしょうか。
「結局、夫婦別姓と何が違うんですか?」
「うちは、何を準備すればいいんでしょうか?」
制度の背景や法技術については、今後さまざまな解説が出てくると思います。
ただ、現場で本当に悩ましいのは、従業員への説明責任と、実務としてどう回すかですよね。
この記事では、制度の是非や思想的な議論はいったん横に置き、人的資本経営・従業員体験などの観点から、「今から何を考えておくとよいか」を整理してみたいと思います。
従業員、とりわけ当事者のかたに説明する際に有効なのは、「戸籍の状態」と「実務上の使い勝手」を分けて話すことです。
今回の旧姓使用の法的効力化では、結婚時に戸籍上の姓は変わります。
この点は、従来と変わりません。
一方で、「旧姓」に公的な通用力を与えることで、
仕事上の名前を変えずに活動できる範囲が大きく広がります。
つまりこの制度は、アイデンティティの観点では、選択的夫婦別姓とは異なります。
(改姓を強制される構造自体は残るからです)
しかし、キャリアの継続性という実利の面では、かなり近い効果を狙った制度とも言えます。
「名前が変わることで、仕事や評価、社外での信用に影響が出る」
そうしたビジネス上の障壁を、現実的に取り除こうとするアプローチです。
サステナビリティ担当者さまとしては、この制度を「理想の最終形」と捉えるかどうかとは別に、従業員の不利益を減らす移行策のひとつとして、冷静に位置づける視点が求められそうです。
では本件が決定するとして、実務上はどのようなことが必要になるのでしょうか。
制度開始初日から、従業員が違和感なく旧姓を使える状態
にするために着手しておきたいことは、実ははっきりしています。
多くの企業で起こりがちなのが、「表示名は旧姓OKだが、裏側はすべて戸籍名」というシステムのねじれです。
メールやTeamsでは旧姓なのに、給与明細、源泉徴収票、健康診断のお知らせは戸籍名で届く。
技術的には正しくても、従業員の体験としては、「結局、会社は私を旧姓で扱っていない」という感覚が残ります。
人的資本経営の観点で目指したいのは、ビジネスネーム(旧姓を含む)がマスタとして最優先され、戸籍名はバックグラウンド処理に留まる状態です。
そのためには、人事だけでなく、情シスとの早めの連携が欠かせません。
もうひとつ、見落とされがちなのが規定の書きぶりです。
「原則は戸籍名。希望者は旧姓使用を認める」
——この一文は、従業員(当事者)を知らず知らずのうちに(旧姓を使用したければ)「お願いする」「許可を求める」側に置くという構図を生んでしまいます。
人的資本経営の観点では、ビジネスネームの使用を標準とするというトーンへの転換が、小さくても大きな意味を持ちます。
それは、制度対応であると同時に、DE&Iに対する企業のスタンス表明でもあるからです。
法制化が進んでも、当面は過渡期が続きます。銀行や役所、取引先から「旧姓と戸籍名が同一人物である証明」を求められる場面は残るでしょう。
このとき、その負担を個人任せにしないこと。
証明書取得の費用や手続き時間を、業務として認めること。
こうした一見地味な対応は、改姓によるキャリアロスを生まない企業であるかどうかを分けるように思います。
「法案が通ってから対応しよう」と考えると、システム改修や社内調整が間に合わず、結果として従業員に不便を強いることになりがちです。
「当社は、法改正を待たずとも、旧姓で業務が完結するインフラを整えています」と言える状態をつくっておくことができるなら、それにこしたことはないかもしれません。
そのための第一歩は、
情シスや人事労務の担当者に
「2026年を見据えて、氏名マスタの持ち方を一度整理しませんか?」
と声をかけることかもしれませんね。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。