この記事の3つのポイント
高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という言葉が流行語大賞を受賞したことに、多くの働く女性たちがさまざまな感情を抱いたと聞きます。
本日のブログでは、この話題をきっかけに、今日は 「なぜ女性管理職が増えないのか」 を、従来とは少し違う角度から考えてみたいと思います。
制度や評価の問題だけでは説明しきれない現場の構造に、ヒントがあるように感じるので。
今回の受賞をめぐる反応の割れ方を見ていると、次の2点を感じます。
この OSとアプリのミスマッチ が、見えないストレスとして企業の中に存在しているのではないかと感じます。
・・・では、「上層部が令和の価値観にアップデートすれば」この問題は解決するのでしょうか?
いいえ、そうではなさそうです。
どうやら、それだけでは解決しない構造の問題があるようです。
ここからが最も重要なポイントです。
令和的な働き方は、柔軟性や自分らしさ、そしてワークライフバランスを重視する価値観に支えられています。それ自体は誰にとっても望ましいことです。
ですが、多くの企業の現場では、こんな声を耳にします。
部下は定時退社を希望する。
でも上司が同じように帰ると「不安だ」「無責任だ」と感じられてしまう。
まるで、上司は「24時間稼働のインフラ(サーバー)」であるべき 、という暗黙の前提があるかのようです。
電気や水道が「今日は疲れたので止まります」と言ったら困るのと同じように、上司も常にそこにいて、判断し、守ってくれる存在—— もちろんそこまでは言語化されていないとしても、無意識のレベルで 「上司は自分の働きやすさを守ってくれる存在であるべき」と期待してしまう。
実際に、専門家もこう指摘しています。
「残業の上限規制を順守する一方で、業務量と規制のバランスが取れず、不適切な所定外労働が発生しやすい状況がある。また、労働時間規制の適用を受けない管理職が部下の業務を抱え込み、結果として長時間労働につながるなど、管理職が疲弊しているケースもある」
(出典:日経クロスウーマン『「働きたい人が長時間働けばいい」の問題点 無関心の先には…』2025年12月8日)
つまり、上司は精神的な支柱であるだけでなく、物理的にも「あふれた業務の調整弁」として機能してしまっているのです。
これでは、女性管理職が増えるはずがありません。「管理職になる=その調整弁役を引き受ける」ことと同義になってしまっているのですから。
そして実はこの「期待」は、部下が悪いという話ではなく、長年の組織文化がつくり出した構造的なもの です。
令和的な働き方は、どこかで必ず「バッファ」を必要とします。
そしてその役割を、今の日本企業では管理職が無意識のうちに一手に引き受けている。
これが、女性管理職が増えにくい理由のひとつになっているのではないか——。
そんな仮説が見えてくるのです。
では、実際に働く女性たちはどう受け止めたのか。
Woman type の独自調査からは、興味深い数字が見えてきます。
●ネガティブに受け止めた:29%
理由のトップは「ワークライフバランスを軽視する企業が増えそうだから」。
●ポジティブに受け止めた:53%
理由のトップは「あくまで個人の決意表明に過ぎず、国民のために思い切り働く姿勢は素晴らしいから」。
意外にも、強いリーダー像への期待が存在していることがわかります。
この2つを組み合わせることで見えてくるのは、
「(私はそこまで働きたくないが)自分の上司には覚悟を持って守ってほしい」
という心理の存在です。
つまり、ポジティブもネガティブも、根底では「自分の生活への影響を最小化したい」 という点で一致しています。
その結果として、上司に対して矛盾した期待が向かう。
ここに、女性管理職が増えない構造的な壁が潜んでいるのではないでしょうか。
別な媒体では、福田和子氏(#なんでないのプロジェクト代表)の記事が掲載されていました。
福田氏は「首相も私たちにも適切な働き方はある」と述べ、ニュージーランドの元首相であるジャシンダ・アーダーン氏の「辞任の潔さ」や「産休を取ったリーダー像」を紹介しています(出典)。
確かにこれは、私たちが「こうありたい」と感じる理想像のひとつでしょう。
しかし、現場に戻ればやはり自問してしまいます。
明日、自分の上司が「今日は余力がないので重要な判断は来週に」と言ったとき、
果たして私はそれを前向きに受け止められるだろうか?
理想が正しくても、
「その穴をどう埋めるか」 の視点が欠けると、現場は動きません。
だからこそ企業には、役割や責任の再設計が求められつつあるのです。
企業担当者さまが実際に取り組める論点として、たとえば下記があるのではないでしょうか。
管理職の役割を「部下の落としたボールを拾う人」と定義してしまうと、上司は永遠に休めません。
そうではなく、
「落としたボールをチームとしてどう扱うかを決める人」
へと役割を再定義する必要があります。
いま議論されているキャリアオーナーシップも、本来はこうした関係の変革を伴うものです。
上司が不在なら、
「上司がいないから困った」ではなく、
「では私が判断し、責任を持つ。その結果が私の実績になる」
という姿勢が自律です。
今回の流行語が示したのは、
個人の問題ではなく 「構造のゆがみ」 でした。
一般社員:権利意識のアップデート(令和)
管理職:責任の固定化と負荷の増大(昭和)
この非対称が、管理職を“罰ゲーム”化させています。
そして、
「高市さんのようには働きたくない。でも上司にはそうあってほしい」
という矛盾した期待が、昭和OSを温存してしまう。
だからこそ必要なのは、キャリア自律を関係性の中で再定義することではないでしょうか。
企業の女性活躍が進みにくいのは、女性本人が遠慮しているからでも、制度が足りないからでもありません。
もっと深いところにある 「依存の構造」 が、静かにブレーキをかけているのだと思います。
「私は私のWLBとキャリアを大切にする。
だから、あなた(上司)も自分の生活を大切にしていい。
その上で生じる穴は、私たちがチームとして埋める。」
——この心理的契約が結べる組織こそ、
サステナブルで、女性管理職が自然と増えていく企業なのだと思います。
本日のブログが、皆さまの組織での議論のヒントになれば幸いです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。