この記事の3つのポイント
本記事は、2025年11月12日付ブログ記事『【ニュース走り書き】Suicaのペンギン引退、その裏にある経営戦略のお話——JR東はなぜ今「信頼のインフラ」へ踏み出すのか』の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
Suica と PASMO が共通コード決済ブランド「teppay」を発表したニュースが、昨日から多くのメディアを賑わせています。
「PayPay 対抗」「QR 市場の再編」といった見出しの各記事では、決済戦争の新たな局面として語られる傾向が強いように見えます。
確かに、今回の動きには競争という側面があるのは間違いないでしょう。
ですが、丁寧に見ていくと、表面的な決済戦争とは異なる価値が浮かび上がってきます。
以前の関連記事(Suica ペンギン引退)でも触れましたが、Suica はいま「決済ブランド」から「信頼インフラ」へと役割を広げつつあり、今回の teppay はその延長線上にある動きではないでしょうか。
決済手段が増えるほど、高齢の利用者が店頭で迷う場面は、現場の声として多く聞かれるようになってきました。
QR コードが小さくて読みづらい、アプリの階層が深い、店舗によって操作が異なる——とまどっているうちに自分の後ろに列ができてしまい、気をつかってますます焦ってしまう……。
一つひとつは些細に見えますが、積み重なると日常の行動に影響します。
若い世代にとって自然な操作も、高齢者には心理的負荷を伴うことが少なくありません。
その負荷が、結果として企業にとっての機会損失につながるケースもあります。
こうした中では、teppay の設計が意味を持ちます。
新しい操作を覚える必要はなく、長年なじんだ Suica/PASMO の導線をそのまま使える。
選ぶ・迷うといった認知負荷が小さく、自然に移行できる ―― 「慣れ」という資産を活かした UX 設計になっているのは大きな強みとなるでしょう。
決済の場におけるシニアの迷いは、ご本人だけに影響するわけではありません。
列が伸び、現役層の時間が想定より取られ、店頭に微妙な緊張が生まれる ―― こうした光景は、外食・小売の現場でよくみられます。
焦る利用者と説明に追われる店員との間で声が強まることもあり、
カスハラが問題視される昨今、決済時の戸惑いが関係すると指摘される場面もあります。
この背景には、ここ数年で格段に複雑化した決済手段があります。
複数のQR、交通系IC、クレジットカード、ポイントカード……。
働く側から見ても、現場では覚えるべきことが多すぎてレジ教育が複雑化し、新人が定着しにくいという声もあります。
入口を一本化し導線をそろえる teppay のような動きは、シニアの安心につながるだけでなく、現役層のストレスを抑え、店員の負担を減らし、店舗運営の安定にも寄与します。
段差をなくすことは、一見すると高齢者支援に見えますが、実際には社会のあらゆる層に広く波及する解決策ではないでしょうか。
企業が対応できていなかったというより、決済と交通が「生活の基盤」であるからこそ、インフラ側が先に段差の解消に動く必要があったのだと思います。
政策面でも、同じ方向性が示されています。
経済産業省の「キャッシュレスの将来像に関する検討会」では、キャッシュレス決済が広い公共分野でも活用されつつあることが整理され、「キャッシュレス推進検討会」でも中小店舗の負担軽減が重要テーマとして扱われています。
そして、インフラ側は、日本社会が経験しつつあるデジタル移行の限界点を補正すべきという問題意識を強く持っていたのかもしれません。
制度とインフラが歩調を合わせ始めたことで、今回のような動きが形になったとも言えそうです。
決済市場で競争があるのは事実です。
ただし長期的に見れば、決済ブランドの優位性を決めるのは、ポイント還元やアプリ機能といった派手さだけではありません。
より本質的な差は、誰もが迷わず、恥をかかず、自然に使える導線を提供できるかどうかにあります。
teppay の強みは、Suica/PASMO という深く生活に根づいた導線の上で「段差」のないUXを実現している点です。
段差を減らし、安心を積み重ね、現場の混乱を抑え、働く人の負荷も軽くする ―― こうした「社会の摩擦を減らす力」は、他の決済ブランドが短期で模倣しづらい、長期的な差別化要因になる可能性があります。
teppay は、年齢や立場の異なる人たちが同じ導線を無理なく歩ける社会の姿を示しているように思います。
高齢者が迷わず支払えることは、現役層が急かされずに済み、店員がトラブルを避けやすくなり、企業が人的負荷を最適化しやすくなることにもつながります。
そしてこのような「段差」の視点は、企業のサステナビリティにおいて今後ますます重要になるでしょう。
若いメンバーが多い会議室では、シニアが持つこうした「少しの不安」が見えづらいものですが、その段差こそが顧客行動や現場の働きやすさに影響します。
御社のサービスやアプリ、店舗運営の中に、見落としがちな「段差」は残っていないでしょうか。
若いメンバーにとって自然な導線が、別の世代には負荷になっていないでしょうか。
teppay の登場は、こうした問いを私たちにあらためて投げかけているように感じます。
teppay は、決済戦争の一プレイヤーでありながら、その戦い方そのものを変えようとしている存在だと感じます。派手さではなく段差をなくす力、複雑さではなく慣れの活用、速度だけでなく安心の積み重ね ―― インフラが持つ競争力とは、本来こうした静かな強さではないでしょうか。、
この記事が、担当者さまの実務のヒントになり、サービスや制度を設計する際に“段差のない導線”という視点を取り入れていただくきっかけになれば嬉しく思います。
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明日のブログでは、「なぜ、企業の意思決定にはシニア視点が抜け落ちてしまうのか?」という、今回の背景にある構造の問題を考えていきます。
それではまた、明日のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。