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この記事の3つのポイント
昨日11月24日は「鰹節の日」でした。語呂合わせの「11(いい)24(ふし)」から来ており、和食文化の継承を目的に制定された「和食の日」とも重なります。
鰹節は、和食の出汁(だし)の根幹を支える存在であり、日本の食卓に「当たり前」に存在している食材のひとつですよね。
ですが、この「当たり前」は、実は遠く離れた国々の脆弱な現実の上に成り立っています。
本日のテーマは、先日閉幕したCOP30(気候変動枠組み条約第30回締約国会議)と、鰹節のふるさとの一つでもある太平洋島しょ国の話です。
私たちが日々口にするカツオのうち、およそ4割はキリバス、ツバル、マーシャル諸島、ミクロネシアなどの太平洋島しょ国やその周辺の漁場で水揚げされたものだと言われています。
しかし、これらの国々は地球上で最も海面上昇の影響を受ける地域の一つです。
多くの島の標高は3メートル未満とされており、じわじわと「国の形」そのものが失われかねない状況にあります。
世界銀行がまとめた太平洋環礁国レポート(IPCC等の科学的知見に基づく推計)によれば、2070〜2100年にかけて0.5メートル以上の海面上昇が生じた場合、これらの国々では主要都市部の50〜80%が浸水する可能性があるとされています。
ツバルではすでに、気候関連の影響による経済損失が年間GDPの7%相当に達していると推計されており、0.5メートルの海面上昇に対応するための適応コストは、現価ベースで約10億ドル、同国のGDPおよそ20年分に相当するとの試算もあります。キリバスやマーシャル諸島も同様に、淡水資源の塩水化、農業や漁業への打撃、移住の必要性といった問題に直面しています。
さらに、海水温の上昇はカツオの回遊ルートに直接影響します。
南西太平洋の水温は2024年に観測史上最高となり、すでに一部では漁獲量の変動が報告されています。これは、日本のかつお節サプライチェーンにもリスクが波及し始めているということでもあります。
「遠い国の話」に見えるかもしれませんが、実際には、毎日の食卓と強く結びついたテーマなのです。
COP30の場で、太平洋島しょ国を含む脆弱な国々の代表は、いくつかの重要な点を繰り返し訴えました。
第一に、2035年までに適応資金を少なくとも3倍に拡充することです。現在の水準では到底、海面上昇や異常気象に伴う被害に追いつかないという切実な問題意識があります。
第二に、その資金は可能な限り無償(グラント)を中心とすべきであり、貸付によって債務を増やす形の支援には限界があるという点です。そして第三に、化石燃料への依存からの「加速的なフェーズアウト」を、COPの正式な決定文の中に明記すべきだという要求でした。
こうした要求の背景には、2009年のコペンハーゲン合意以来掲げられてきた「年間1000億ドル」の気候資金目標が長年達成されず、その達成が確認されたのはごく最近になってから、という不信感があります。また、気候変動の被害が「自国の存立の危機」とほぼ同義になっている地域であるがゆえに、「これ以上待てない」という強い焦りもあります。
今回のCOP30では、こうした声を受けて、先進国は適応資金を「2035年までに少なくとも3倍にする努力を進める」ことをMutirão(ムティロン)決定に盛り込みました。これは法的拘束力を持つ数値目標というよりも、国際社会としての方向性を共有した政治的コミットメントという位置づけです。
特定の年から特定額の「新しい基金」が立ち上がるわけではなく、2035年までに適応資金を現在の水準の少なくとも3倍規模、すなわち約1,200億ドル/年程度まで拡充していくことを目指すという合意内容だと理解するとイメージしやすいかもしれません。
また、化石燃料からの転換に関しては、ブラジル議長国が任意のロードマップを策定することを主導する一方で、太平洋島しょ国を含む脆弱国グループが、その議論の重要な担い手として関与していくことが強調されました。小さな島国であっても、会議の中での存在感は非常に大きく、その声が国際合意の方向性を少なからず動かした形です。
一方で、限界もはっきりと残りました。
化石燃料フェーズアウトに関する「強制措置」は、産油国を中心とした強い反対により最終的には盛り込まれず、決定文書からは「化石燃料」という言葉自体が消える形となりました。
トランプ政権下にある米国は主要セッションへの高位の政府代表派遣を見送り、島しょ国側はこれを「恥ずべき無視」と強く批判しました。「約束は、そろそろ行動に変えてほしい」というフレーズが開発途上国の側から繰り返され、会場の外では「化石燃料の葬儀」と名づけられた大規模なデモ行進も行われました。
世界はまだ、本気になりきれていない——そんな現実があらわになった会議でもありました。
太平洋島しょ国の訴えは、決して「国際政治の話」だけではありません。
日本企業、とりわけ上場企業にとっては、サステナビリティ戦略やサプライチェーン管理、そして投資家との対話という観点から、重要な示唆を含んでいます。
第一の問いは、サプライチェーン・リスクの「地政学化」です。
カツオに限らず、水産品、農産品、鉱物、人材など、さまざまな資源が、特定の地域の気候脆弱性に依存する構造になっています。
「どの地域の気候変動が、自社の供給安定性に直撃しうるのか」という視点が、これまで以上に求められるようになっています。COP30を経て、投資家は「この企業のサプライチェーンは、どの国・どの海域の環境変化に依存しているのか」を、より厳しく問い始めるでしょう。
第二の問いは、「適応」の開示です。
これまでの気候関連開示は、どちらかといえば温室効果ガス削減などの「緩和(mitigation)」に比重が置かれてきましたが、世界は明らかに「適応(adaptation)」の議論と開示の強化に向かっています。
企業にも、物理的リスクを地域ごとにどう分析しているのか、主要な原材料がどのような気候影響のもとにあるのか、そして調達先コミュニティのレジリエンス向上にどのように貢献しているのか、といった点が問われていくでしょう。
第三の問いは、「沿岸・島しょ地域との関係性」を社会(S)のリスクとしてどう捉えるか、です。
太平洋島しょ国の声は、環境(E)の問題であると同時に、コミュニティとの関係性をどのように設計するかというSのテーマでもあります。
たとえば、水産資源を扱う企業にとっては、地域と利益をどう分かち合うのかという「地域共存モデル」が問われますし、観光業であれば、気候変動にさらされる沿岸コミュニティの生計多様化や災害対策への関与が焦点になるかもしれません。いずれにせよ、こうした「調達責任」や「地域との信頼関係」をどうストーリーとして語るかが、サステナ戦略の質を左右するポイントとして、今後ますます投資家の関心を集めていきそうです。
鰹節を削る音、だしの香り、鍋や味噌汁を囲む和食の温かさ。
その背景には、はるか太平洋で「国の存続」をかけて声を上げる人々の暮らしがあります。
COP30は、島しょ国の主張を世界がどこまで真剣に受け止めているかを示す「試金石」でした。一定の進展はあったものの、課題も多く残されたままです。
私たち企業側もまた、「どの地域に依存し、どの地域と共に未来をつくるのか」を問い直すタイミングに来ているのではないでしょうか。
次に鰹節を手に取るとき、ほんの少しだけ海の向こうのことを思い出してみる——そこから始まるサステナビリティの視点もありそうです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。