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社員に株を持たせるとはどういうことか?――自社株報酬制度の拡大と、人的資本経営の整合性を考える

ニュース / 人材戦略 / 人的資本開示

この記事の3つのポイント

  • 株式報酬制度は、従来の社員持株会と異なり「与えられる株」を通じて経営参画を促す仕組みへ
  • 一方で、株価依存や社員の非対称性など、人的資本経営との間に構造的な矛盾も存在
  • 制度の目的を明確にしなければ、「安定株主づくり」としてガバナンス改革に逆行する懸念も

「買う株」から「与えられる株」へ ― 制度の変遷を振り返る

三井化学やNECなど、従業員への株式報酬制度を導入する企業が急増しているとのニュースを読みました。

 

社員に自社株報酬、離職防止効果も 三井化学など導入社数1年で2割増(日経電子版、2025年10月23日)

 

2025年6月末時点で導入企業は1,224社、前年から2割近く増加しており、その増加ペースは役員向けを上回っているとのこと*1

従来の社員持株会が、給与天引きによる財産形成制度であったのに対し、現在の株式報酬制度は企業側が株を「与える」形で、中長期の価値創造への参画意識を育む目的で導入されます。

こうした制度拡大の背景には、上場企業への「資本コスト意識の強化」要請もあって、単なる人材施策というよりは経営統治や資本市場との関係も影響しているのかなという点が気になります。

 

制度の功罪を人的資本の視点で捉える

従業員への株式報酬制度を導入するメリットは、従業員の方々を価値創造の共創者という位置づけにしていけることでしょうか。

たとえば、

- 企業価値への当事者意識:株価上昇を自分ごとと捉える意識変容

- 離職防止:売却制限期間を設けることで、中長期的な定着を促す

- 共通指標の創出:経営層と社員が同じ指標で成果を語る土台に

 

こういった「意識づけ」や「共通言語をつくる」意味では優れた施策だと思います。

 

ですが、一方で、株式報酬には避けて通れない構造的な課題もあるように思います。

従業員の多くは、経営戦略の策定や業績全体の結果には直接関与しません。
にもかかわらず、株価のような外的要因に基づいて報酬が変動する仕組みは、「努力しても報われない」「市場に振り回される」という不公平感につながってしまう可能性もあります。

また、対象範囲が限定的であれば、「選ばれた人だけが株を持つ」ことによる心理的な分断や格差感情を組織内に生む懸念もあります。

制度設計においては、「モチベーション向上策」としての万能感ではなく、あくまで自律的な組織文化を支える上でのひとつの選択肢であるという冷静な視点が求められるのではないでしょうか。

 

「いつしか安定株主づくりが目的に」への自戒も必要

従業員への株式報酬制度の導入にあたり、上場企業様としては自戒しておくことが望ましい点もあります。

なぜなら、理念を明示しないままこの制度の導入が進めば、社員株主の拡大は、企業にとっての「安定株主」の獲得策になりかねない可能性があるからです。
自社株保有が進めば議決権比率にも影響を及ぼし、結果としてガバナンスの形骸化につながる恐れもあります。

近年のガバナンス改革では、「親密な」株主構造からの脱却が重視されてきました。
それにもかかわらず、株式報酬が新たな「安定株主」の再構築手段として誤用されるようであれば、人的資本経営という理念とは大きくずれてしまいます。

「社員を信頼して株を託すのか」、
それとも「社員を囲い込むために株を使うのか」——
この問いにどのように答えられるかが、制度の設計と開示に対する外部からの評価や信用を左右するように思います。

 

キャリアオーナーシップとの整合性確保も重要

最後に、人的資本経営をめぐる最近のキーワードとして「キャリアオーナーシップ」があります。

従業員の方々に対して、「自分のキャリアに責任を持ち、自律的に学び・選び・行動する」ことを求めるこの考え方は、多くの企業でリスキリングやタレントマネジメントの土台になりつつあります。

 

その一方で、株式報酬制度は「会社とともに企業価値を上げよう」「長く働いてほしい」という、ある意味忠誠心を前提としたメッセージになりがちです。

「自律せよ」と言いながら「会社と運命を共にせよ」とも言う――
このメッセージのねじれを、従業員の方々はどう受け止めるでしょうか。
あるいは、制度を設計する側は、どのように整合性をつけるべきでしょうか。

 

ここは意外に見落とされがちですが、大事な点ではないかと思います。

制度導入を検討するうえで、以下の3つの問いをチーム内で共有することが有効かもしれません。

- この制度は、社員の自律的な成長とどうつながるのか?

- 株価に依存しない「価値貢献の可視化」は設計できているか?

- ガバナンスとエンゲージメントの両立をどう図るか?

 

おわりに

株式報酬制度は、人材施策であると同時に、資本施策・ガバナンス施策でもあります。

制度そのものが正しいかどうかではなく、
その制度にどんな思想を込め、どのように運用・説明しているか。

そこにこそ、企業の成熟度が表れるように思います。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 正確な記載は下記の通り。

野村証券によると、従業員向け株式報酬を導入した企業は6月末時点で1年前から187社(18%)増え、上場企業全体の3割を超えた。導入ペースは役員向け(150社増)を上回る。

出典:日経電子版「社員に自社株報酬、離職防止効果も 三井化学など導入社数1年で2割増」(2025年10月23日)

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