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「経産省的視点」に「厚労省的視点」を加える人的資本開示——TISFDと生活賃金がもたらす変化とサステナ担当者様の役割

サステナ開示をめぐる動向 / 人材戦略 / 人的資本開示 / 有価証券報告書 / 統合報告書

この記事の3つのポイント

  • 2026年3月期からの有報開示深化を受け、人的資本開示はますます「経産省的」な戦略的開示が進む
  • 置き去りにされがちな「厚労省的」な人的資本開示だが、2026年末にはTISFDが開示枠組みを発表予定
  • 攻めと守り、両輪の人的資本開示を統合し企業価値創造ストーリーに織り込めるのはサステナビリティ担当者様

「経産省的視点」で進化を続ける人的資本開示

これまで日本企業の統合報告書は、「価値創造ストーリー」を中心に描かれてきました。
企業がどのように付加価値を生み、持続的成長を実現するか――この経済産業省的な文脈が報告書全体の骨格を形づくっています。

そのなかで人的資本開示も、主として「人を活かす」視点(生産性向上、リスキリング、イノベーション)から語られてきました。
そしてこの傾向は、今後も続くと考えられます。

なぜなら、2026年3月期の有価証券報告書からは「企業戦略と関連付けた人材戦略と、それを踏まえた従業員給与等の決定方針 等」の開示が求められる*1こととなり、これを受けて人的資本開示はますます、経営戦略と一体で語られる戦略的開示へと進化することが見込まれるからです。

 

TISFDが要求する「厚労省的視点」での人的資本開示

2026年3月期からの人的資本開示は、その発想の根幹に経産省的な「価値創造ストーリー」があるため、企業の成長と分配の仕組みは語られても、働く人の生活をどう支えるかという厚労省的な視点――生活賃金、雇用の安定、社会的包摂――は、依然として報告の枠外に置かれやすいと言えます。

ですが、2026年には、まさにその空白地帯を埋める鍵として、TISFD(不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)*2と、その中核的テーマである「生活賃金」という概念が存在感を増すことになるでしょう。

 

TISFDは年明けから本格的な議論を始め、26年末に企業が開示すべき項目や枠組みを公表する予定だ。特徴は、企業が自社のみならず、サプライチェーン(供給網)に連なる労働者の賃金や労働条件にも配慮しているかどうかに照準を定めている点だ。

 

短期的には多額の利益をあげているように見えても、サプライチェーンで生活賃金に満たない低賃金労働を強いているとすれば、投資家からは「リスクあり」と見なされることになる。TISFDの背景には、不平等を放置したままでは、いずれ稼ぐための土台そのものが崩れかねないという問題意識がある。

(出典:日経電子版『最賃の次は「生活賃金」 国際開示ルール、26年に策定へ』(2024年12月15日))

 

「人を支える」を価値創造ストーリーに取り込む

統合報告書は、善意の報告書ではなく、自社が社会とどのように価値を共有しているかを語るものです。
そこでは「人を活かす」だけでなく、「人を支える」仕組みをどのように設計しているか――それが新しい説得力を生みます。

たとえば、従業員が安心して暮らせるだけの賃金や環境を整えることが、エンゲージメントや生産性の基盤になる。
この視点は、人を「資産」と見る経産省的発想と、人の「生活」を守る厚労省的発想のあいだをつなぐものです。そしてTISFDの構想は、その橋渡しを理念や理想ではなく、国際的開示要件へと格上げするものです。

これは、生活賃金や格差是正、人権、福祉といったテーマが、単なる「配慮すべき事項」ではなく、企業が社会と交わす契約=社会的ライセンスの一部として扱われるべき時代に入ってきたことを示しているのではないでしょうか。

 

サステナ担当者様が人的資本開示に関与すべき理由

こうした発想の転換を企業の中で橋渡しできるのは、サステナビリティ担当者さまをおいて他にいません。

IR部門は投資家の言葉で、
人事部門は従業員の言葉で、
経営企画部門は戦略の言葉で語ります。

しかし、TISFDやISSB、ILOの潮流を理解し、それらを経営の言葉へと翻訳することができるのは、サステナ担当者さまをおいてほかにありません。

統合報告書の本質は、財務・非財務を統合して「価値創造の全体像」を描くこと。
今、その中心で、「人を支える」視点を企業の物語に統合できる人が必要となっています。

統合報告書の制作に、あるいは有価証券報告書の「人的資本開示」にかかわる部分に、サステナビリティ担当者さまが初期段階から関与されることが望ましい理由が、ここにあります。
それは、企業の理念や経営戦略を「社会の変化と整合させる」ための、最も実務的で戦略的な関与です。

 

「活かす」と「支える」をつなぐ人的資本開示へ

TISFDの流れが明らかにしているのは、「人を活かす」だけではもう十分ではないということです。

人を支える仕組み――公正な報酬、働く尊厳、生活の安定――をどう築くかが、企業価値の前提となり、それを自社の言葉で説明できるかどうかが、これからの人的資本開示の総合力を示すとすれば、

その転換を誰よりも早く感じ取り、企業の中で翻訳し、形にできる唯一の存在としてのサステナビリティ担当者さまを、私たちも精一杯ご支援していきたいと思います。

 

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貧困撲滅のための国際デー(International Day for the Eradication of Poverty)である本日(10月17日)にちなんで、書かせていただきました。

今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 出典:金融庁 第1回 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和7年度)事務局説明資料(2025年8月26日)pp.30-31

*2 TISFD(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures)は、2024年9月に設立された国際的な開示枠組み。OECD・UNDPなどが主導し、不平等や社会に関連するリスクを体系的に開示対象とする初の試み。2026年末に正式版を発表予定で、企業・金融機関が人への影響・依存・リスク・機会を開示することを求める。対象範囲は自社従業員に限らず、サプライチェーン、地域社会、消費者など広く、人を支える仕組み(生活賃金など)を重視する。

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