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この記事の3つのポイント
「楽しさ」と離職率——これらは、あまり接点のない言葉に見えるかもしれません。
ところが、昨年(2024年)に発表されたボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の調査は、この2つのあいだに強い相関があることを示しています。
「仕事を楽しんでいる社員」は、そうでない社員に比べて転職を検討する可能性が49%低い
この調査は、日本国内のオフィスワーカー1000人超を対象に実施されたもので、特に勤続年数の短い人、若手層、マイノリティ層において離職の意向が高い傾向がありました。
一方で、「仕事を楽しめている」と感じている人は、そうでない人と比べて離職の可能性が大幅に下がっていたのです。
つまり、“仕事の楽しさ”は単なる気分ではなく、人的資本経営の成果に直結する指標になり得るということ——これは、サステナビリティ担当者様にとっても無視できない発見ではないでしょうか。
では、その楽しさを生み出す組織的な工夫には、どのようなものがあるのでしょうか?
BCGは、「働き方の設計」が楽しさに大きく関わっていることを指摘しています。
中でも効果が高いのが、チームが主体的に働く場所や頻度を決めるハイブリッドモデルです。
実際、BCGが比較したところ、業界水準で調整した2020~2022年の売上高成長率は、
- 完全出社型の企業で2.7%
- ハイブリッド勤務の企業で6.0%
と、2倍以上の差がついていました。
さらに、勤務形態を「チームで決められる」かどうかも重要であるようです。
トップダウンで勤務形態を指定する企業よりも、チームが裁量を持って働き方を設計できる企業のほうが、「仕事が楽しい」「力を発揮できている」と感じる割合が明らかに高かったといいます。
「柔軟な働き方」はもはや福利厚生ではなく、企業競争力の構成要素である――この視点を、人材戦略に取り入れることができるか。そして、サステナビリティ開示にどう反映するか。次の一手が問われる局面に差し掛かっているのかもしれません。
もう一つ、本レポートの中で「仕事の楽しさ」を後押しする要素として注目されていたのが、生成AIの活用でした。
事務仕事においてChatGPTのような生成AIを日常的に使っている従業員は、なんと46%が「仕事に非常に満足している」と回答していたというのです。(これは、事務仕事にAIを使っていない人(18%)と比べて約3倍の差です)
生産性の向上という面だけでなく、「単純作業から解放され、創造的な仕事に集中できるようになる」
そんな体験が、楽しさの感覚を取り戻す契機になっているのかもしれません。
生産性と従業員体験の向上を同時に実現する──生成AI導入のROI(投資対効果)を、人の喜びの観点からも捉えることが大切になりそうです。
人的資本の開示では従来、「離職率」や「従業員エンゲージメント」が中心でした。
ですが、今後は“楽しさ”や業務体験の質といった、より感情に近いエンゲージメントの可視化が求められるかもしれません。
たとえば、こんな開示項目が考えられるかもしれません。
ー 部門別・職種別の「ワークエンジョイメントスコア」
- チーム裁量の度合い(ハイブリッド勤務の決定権)
- 生成AI導入による従業員満足度の変化
こうした指標で測った結果を人的資本の成果として示すことができれば、人的資本開示は“制度対応”から価値創造ストーリーへと進化していくはずです。
御社では、従業員の方々が「仕事を楽しめているか」を、どう把握されていますか?
楽しさは、コストではなく、組織の未来を動かすエネルギー源。
その可視化に、一歩踏み出してみる価値はありそうです。
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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。