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条約が進まなくても評価は進む ― 日経ESG「プラスチック交渉報道」をどう読むか

ニュース / プラスチック / 資源循環

この記事の3つのポイント

  • ジュネーブ会議の報道は「外交の行き詰まり」ではなく、「評価軸の上流化」のサイン
  • ESG評価機関は、条約不調でも“生産抑制・設計・化学物質管理”を先取りして採点を始めている
  • 企業がいま見るべきは、規制の行方より「どこまでつくるか」「どう設計するか」という構造変化

「何が言いたい記事なのか?」と感じた方へ

日経ESGの最新号(2025年11月号)ジュネーブで行われた国際プラスチック条約の交渉が決裂したことを伝える記事が掲載されていました。

一読すると単なる「外交レポート」にも見えてしまう今回の記事、読後に「結局、何がポイントだったの?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、この記事をESG評価軸の視点で読み解くと、実は重要なヒントが含まれています。
それは、プラスチック問題の“重心”が、廃棄物から生産そのものへと移っている、という点です。

 

「廃棄」から「生産」へ ― 論点の重心が上流に動いた

記事の冒頭にある「生産量の上限設定」という言葉。
これは、単に一部の環境団体の主張というわけではありません。

いま、国際的な議論の軸は「どれだけ回収するか」から「そもそもどれだけ作るか」へと移りつつあります。

OECDは、現行政策のままでは2060年にプラスチック廃棄がほぼ3倍になると見通しており、上流(生産・設計)対策なしに下流対策だけでは追いつかないという危機感が国際的に共有されつつあります。

上流での制約――言い換えれば、「つくる前に止める」という視点が真剣に議論される段階に入ったということ。 企業の皆さまにとっては、これは生産構造そのものの見直しを求められる可能性がある、という大きなシグナルです。

 

条約交渉が見せた利害の地図

記事に登場する国や業界の立場を見てみると、単なる賛成・反対の構図ではなく、
プラスチックのライフサイクル全体における「責任と利害の再配分」をめぐる動きが見えてきます。

 

立場 主張 ESG的示唆
EU・WWFなど 生産量制限+設計義務化 上流抑制と設計改革が焦点
新興国・島嶼国 処理インフラ支援を要請 「資金の流れ」を見る必要
産油国・化学業界 上限反対、リサイクル重視 原料モデルの持続性リスク
リサイクル業界 強制的な枠組みを支持 循環インフラが次の投資先

 

この構図を価値連鎖の地図として見ると、自社の位置づけも浮かび上がります。

 

  • 原料調達から製造までを担う企業は、生産制約リスクや原料コストの不確実性に直面するかもしれません
  • 消費財メーカーや小売企業は、設計変更や包装削減の要請が強まるでしょう
  • リサイクルや物流に関わる企業は、回収体制や費用負担のあり方を再設計する必要が出てくるかもしれません

 

このように考えると、国際交渉の報道は「政治ニュース」ではなく、企業が自らのポジションを見直すきっかけとなる“リスクマップでもあると言えるのではないでしょうか。

 

「リサイクル資金」というキーワードにも注目

記事の最後に出てくる「リサイクル資金の捻出」という一文。 これは一見地味ですが、ESG評価においては今後ますます重視されるポイントになると考えられます。

すでに各国では、EPR(拡大生産者責任)制度の整備が進み、 メーカー側が拠出金を支払い、リサイクル費用を負担する仕組みが制度化されつつあります。

たとえばEUの包装規則(PPWR)はEPRを強化し、生産者拠出が収集・選別・リサイクル等の必要費用をカバーすることを求めています(費用の可視化やモジュール化等も導入)。

これからは「再生材を使っているか」だけでなく、
「その費用を自ら負担しているか」という実効性が評価される時代に入ります。

 

国際会議の場では「誰がどこまで負担するか」という 政治的な駆け引きが続いている一方で、企業をめぐる評価や市場の仕組みは、すでにその先に進んでいることが見えてきます。

 

「条約は停滞でも評価は前進」――なぜそうなるのか

ジュネーブ会議は合意に至らず、次の会合に持ち越されました。
一見すると「何も決まらなかった」という印象が強いですが、企業の実務として重要なのは、「評価は止まっていない」という事実に目を向けることではないでしょうか。

国際条約は、政府間で合意・批准されて初めて効力を持つ「法の力」。
一方、ESG評価や投資家の判断は、資本市場の中で企業を動かす「資本の力」です。
つまり、政府が決める前に、市場はすでに判断しているのです。

 

さらに、実務上の「評価の物差し」はすでに共有されつつあります。
以下のような方向性は、国連や各国政策、CDPやESRSなどのフレームワークにも共通しています。

 

ー 生産から廃棄までを見通したフルライフサイクル管理

- 有害化学物質の削減

- バージン樹脂への依存低減

 

加えて、地域ごとの規制や開示ルールはすでに動いており、 EUのPPWR、米国のEPR法、CDPやESRS E5の設問などにより、企業ごとの対応状況は「数値で比較できる」状態になりつつあります。

 

こうした状況下では、「まだ決まっていないから様子を見る」という姿勢は、評価上のリスクになりかねないと考えられます。

 

企業として今、備えておきたいこと

このような状況を踏まえると、今後の投資家対話に向けて、以下のような視点で自社の対応状況を棚卸ししておくことが有効ではないでしょうか。

 

  • 自社のプラスチック使用量を、どの粒度(地域別・用途別・素材別)で把握しているか
  • 再生材・バイオ材・リユースの比率を、中期KPIとしてどのように開示できるか
  • リサイクルや回収にかかるコストを、どこまで内部化しているか(EPRなど)

 

日経ESGの今回の記事は、「交渉の行き詰まりニュース」として読むと無味乾燥ですが、「規制の方向性と評価の変化を示す地図」として読むことで、企業にとっての実務的ヒントが見えてきます。

 

国際条約が合意できていなくても、方向性はすでに共有されている。
評価も、規制も、いずれそちらに向かう。
だからこそ、企業が今できるのは「来る前提で整えておくこと」ではないでしょうか。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

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