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感謝を制度に、文化を物語に ― MUFG同僚手当が映す人的資本開示の成熟

DEI / ニュース / 人材戦略 / 人的資本開示 / 価値創造ストーリー

この記事の3つのポイント

  • 三菱UFJフィナンシャル・グループが導入予定の「同僚手当」は、“支える人”の存在を制度として可視化しようとする新たな試み
  • 統合報告書では文化が語られている一方で、こうした制度は記載されておらず、制度と文化のつながりをどう開示するかが次の論点
  • 成熟した人的資本開示とは、“完成形”を示すことではなく、制度や課題を通じて文化の実践と学びを語る姿勢に

 

本記事は、10月2日付ブログ記事支える人も人的資本。見えない負担に光を当てるとき― 改正育児・介護休業法の完全施行と人的資本開示の工夫」の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

 

「同僚手当」という新しい動き

育児休業を取得する社員を支える同僚に、感謝の意を込めて手当を支給する――。
そんな制度を導入する企業が増えているのだそうです。

日経電子版記事(2025年10月6日付)によると、三菱UFJフィナンシャル・グループさん(以下、MUFG)は2026年春にも、男女を問わず連続1カ月以上の育児休業を取得した社員の同僚に、最大10万円を支給する制度を始める予定とのことです。
対象はグループ全体で約3万8,000人。チーム単位で10万円を分配し、育休を取りやすい職場文化を育むことを目的としています。

 

「チーム単位で10万円」という同僚手当の金額は、絶対額としては決して大きなものではありません。
分配されれば、個々に届く額はごくわずかかもしれません。

それでもこの制度には、「補償」ではなく「感謝をカタチにする」という意義が込められています。
組織として「支え合う」という行為に価値を認め、それを制度という形に落とし込んだ点に、企業文化の方向性がにじんでいるように思います。

 

それでも報告書には書かれていなかった

一方で興味深いのは、MUFGの2025年統合報告書には、この「同僚手当」や育児休業制度に関する記述が見当たらなかったことです。

 

もちろん、この制度が2026年春に導入予定のものであるということを考えれば、単純に「タイミング的に掲載しづらかった」ということはあるのだと思います。ですが、やはりそれは惜しいという気もいたします。

 

なぜなら、統合報告書(ディスクロージャー誌)の巻頭ではこう語られていたからです。

社員は『自分は誰の役に立ち、何のチカラになりたいか』を考え、対話する場を定期的に持ち、一人ひとりがMUFG Wayを自分ごと化しています。

制度名を並べるのではなく、「社員一人ひとりが誰かのために働くという文化」を軸に語る。
文化を先に置くこの姿勢は、統合報告書として成熟したアプローチにも見えます。

 

「成熟しているから書かない」で本当によいのか

とはいえ、人的資本開示の本質を考えると、制度が導入前であっても、その課題意識や検討プロセスを開示すること自体が重要です。

2026年春の導入を予定しているということは、2025年の時点で「育休取得を支える仕組みが必要だ」という課題感は社内に存在していたはずです。

であれば、2025年の統合報告書の段階で、たとえば

「育児休業者を支える仕組みの強化を検討中です」

と一文添えるだけでも、企業としての学びや改善の意志を伝えることができたのではないでしょうか。

 

制度を「完成した成果」としてだけ語るのではなく、「検討中の課題」として共有する。
それこそが、文化と制度をつなぐ誠実な橋渡しであり、人的資本開示の成熟を示すものであると、私は考えます。

 

「文化を語る」ことと「制度を見せる」ことのバランス

MUFGの統合報告書における「誰の役に立ちたいかを対話する」という表現は、同僚手当の理念と地続きです。
理念は語られていますが、制度はまだ語られていない――この空白をどう埋めるかは、次の統合報告書における人的資本開示の質に直結するのではと私は考えます。

 

ISSBやSSBJが検討を進める人的資本開示では、制度の有無そのものではなく、制度を通じてどのように包摂性やエンゲージメントが高まっているか——文化の質をどう示すかが問われています*1

そう考えると、同僚手当のような取り組みは、単なる報酬制度ではなく、「文化の可視化ツール」として再定義できるものだと思うからです。

 

制度と文化をつなぐストーリーとして

人的資本開示で目指したいのは、制度を並べることではなく、文化を制度で裏づけ、その運用と学びを含めて語ることです。
同僚手当の導入は、その接点に位置しています。

来年度の統合報告書では、MUFG Wayの理念を支える具体的な仕組みとして、同僚手当や職場の支援体制をどのように運用し、どのような成果や課題を得たのかを示すことが期待されます。

制度の金額や件数だけでなく、「この制度によって何が変わったか」「どんな気づきがあったか」を語ることが、文化と制度の両面をつなぐ人的資本ストーリー――つまり、なぜこの制度が必要で、どう変化を促したかを伝える物語になると考えております。

 

成熟とは「学びを語ること」

MUFGのように「誰かのために働く」という理念を掲げる企業にこそ、その理念がどのように制度に反映されているか、そして制度導入前からどのような課題意識を社内で共有していたのか——そうした背景を丁寧に開示することが、人的資本の価値を伝えるうえで不可欠ではと考えます。

成熟した企業とは、すべてを整え終えた企業ではありません。
課題を見せながら成長を語ることのできる企業にこそ、その称号はふさわしいのではないでしょうか。

人的資本開示が問うのは、どんな制度を持っているかではなく、課題からどう学び、どう変わろうとしているか。来年度のMUFGの統合報告書が、その変化の物語をどう語るのか——今から注目したいところです。

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 ISSB「IFRS S1 General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information」付録B、および同機関のHuman Capital Research Project(2024–2025)では、人的資本を「企業価値を生み出す組織資源」として位置づけ、報酬制度だけでなく組織文化・包摂性・エンゲージメントを開示対象に含めている。
SSBJの「人的資本開示の検討の方向性」(2025年8月)でも、従業員の意欲や職場文化に関する情報開示の重要性が明記されている。

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