この記事の3つのポイント
2025年10月1日から、改正育児・介護休業法が完全施行されました。
テレワークや残業免除、短時間勤務など、これまで以上に柔軟な働き方が可能になることは、働く方々にとって歓迎したい変化でしょう。
一方で現場では、「制度を利用する人が増えると、その分の業務をどう分担するのか」「同僚への負担が偏っているのではないか」といった声が上がることも少なくありません。
たとえば、属人化していたタスクを急きょ他のメンバーが代行する、日々の情報共有が制度利用者不在時に途絶えてしまう——そんな状況も、現実には起きているようです。
(参考記事)
日経電子版『育児・介護「多様な働き方」10月から拡充 同僚に負担、公平感どう確保』(2025年9月26日)
制度が拡充されればされるほど、こうした制度の「運用力」や「納得感」の設計が問われる局面が増えていきます。
これは、ISSBやSSBJが人的資本開示で求めている「機会とリスクの両面をどう捉え、どう説明するか」という視点に直結する話です。
両立支援制度の拡充は、これまで活躍の機会が限られていた人材に新しい選択肢を与えます。
女性、シニア、介護を担う世代を含む多様な働き手が働き続けられることは、採用難が続く今の日本にとって、非常に大きな機会です。
一方で、制度を利用しない社員に業務が集中すれば、不公平感やエンゲージメントの低下を招き、逆に離職リスクが高まる可能性もあります。
加えて、属人化した業務が放置されていれば、急な欠勤や長期休業によって品質や納期などに影響が出ることもあり得るでしょう。
その意味では、今回の法改正は「人材を活かす機会」と「職場運営のリスク」を同時に可視化するという側面があるのかもしれません。
人的資本開示の文脈では、「女性活躍」や「育休取得率」といった項目は比較的語られてきました。実際、多くの企業さまの統合報告書やサステナビリティレポートに、職場復帰した女性のキャリア形成や、育休を取得した男性社員のストーリーが掲載されています。
しかし、制度を利用する社員を日々支える同僚の存在や負担感について、開示媒体で正面から語られることは(私の知る限りでは)ほとんどありません。従来、こうした「支える立場」の方々の声や経験は、制度の陰に隠れがちだったのではないでしょうか。
今回の改正は、このような「見えない側面」に光を当てる契機となります。
人的資本開示を「制度利用者の実績」だけで終わらせず、支える側を含めた職場全体の姿として描くことは、公平性や協働文化を伝えるうえでの一歩となります。
加えて、制度を活用する側のキャリア形成を支えるという観点でも、サポート体制の整備は女性活躍や育児復職後の成長機会という「伸びしろ」にもつながるかもしれません。
では、どうすればこのテーマを投資家に伝えられるでしょうか。
ここで役立つのがKPIですが…必ずしも「全社一律で導入すべき標準指標」があるわけではありません。
これまで測られてこなかった側面に光を当てるヒントとして、どんなKPIがあり得るか。
私もちょっと考えてみました。
たとえば…
誰がどのくらいの時間や難度の業務を肩代わりしているかを見える化する「フォロー負担スコア」?
制度利用者と非利用者の納得度に差が出ていないかを調べる「公平感ギャップ」?
あるいはチーム全体の成果を追加リソースで割り算する「両立生産性」?
未だ正解はありませんが、こうした発想を手がかりに、貴社の状況に合わせた人的資本開示を検討してみることは、次のステップへの出発点となるのではないでしょうか。
今回の改正育児・介護休業法は、制度利用者の働きやすさだけでなく、それを支える同僚の経験や負担にまで踏み込み、企業がどう対応するかを問いかけています。
人的資本開示は今、「制度を持っているか」を示す段階から、「制度をどう運用し、どんな成果につなげているか」を示す段階へと進んでいます。
両立支援を語るとき、制度の拡充は出発点にすぎません。そこから一歩進んで、「運用の工夫」や「チーム全体の成果」に目を向けることが、人的資本の価値を高めるカギになるのだと思います。
投資家が求めているのは、制度があるかどうかではなく、それをどう活かしているか。
その活かし方が、職場の納得感や持続的な成長とどうつながっているか。
それらを丁寧に伝えることが、信頼を得る開示につながっていくのではないでしょうか。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。