この記事の3つのポイント
本記事は、9月30日付ブログ記事「延長だけでは足りない ― 「パイロット定年延長」への慎重な声が示唆するエッセンシャル人材戦略の本質」の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
高年齢労働者への安全配慮というと、「それって、機械や工具を扱うような製造業や建設業に限った話でしょ?」と考えられてしまいがちですが…
厚生労働省が2025年9月に立ち上げた「高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会」が示す通り、課題の本質はもっと広範囲に及んでいます。
検討会資料によれば、60歳以上の雇用者割合は2024年時点で19.1%、一方で、労災による死傷者のうち60歳以上が占める割合は30.0%に達しています。そして、その多くが「転倒」や「無理な動作」など、加齢に伴う身体機能の低下と関係の深い要因によるものです*1。つまり、事故は必ずしも機械の操作や危険作業などに限った問題ではなく、あらゆる職場に共通するリスクといえます。
製造業や建設業はたしかに高リスクとされますが、実際には第三次産業における事故のシェアも無視できません。社会福祉施設、小売業、医療・介護、清掃業など、いわゆる「軽作業」とされる分野でも高年齢労働者の事故率は顕著です。
厚生労働省の調査によれば、転倒による骨折の発生率は、女性の場合、60歳以上(平均1.70)は20代(平均0.09)の約19.5倍とのことで、「災害発生率が高い傾向は、第三次産業にも共通して見られ、加齢に伴うリスク増加が業種を問わず起きている」とされています*1。つまり、「高年齢労働者への安全配慮なんて、製造業だけの話」と考えていては、企業全体の安全管理は立ち行かないということがわかります。
前回記事でも触れたように、定年延長は「人手不足」の一時的緩和策にすぎません。
航空業界のように安全が極めて重要な業種では、高齢化による反応速度の低下や健康リスクが大きな論点となります。同じような視点は、物流・福祉・医療など他のエッセンシャル業界でも当てはまります。
では、その「延長で稼いだ時間」を企業はいかに戦略的に使っていくべきなのでしょうか。
厚労省の検討会では、以下のような取り組みが推奨されています*1。
これらの取組みは安全対策であるだけでなく、人的資本経営の文脈で言えば「人材を活かし続ける」ための戦略とも言えそうです。
ESG評価においても、「高年齢労働者への配慮」は今後注目度が高まっていきそうに思われます。
主要評価機関は現在、労働安全衛生(LTIR/TRIR、死亡者数等)とその管理の実効性を重視しています。これらを説明する上で、たとえば年齢・性別・雇用形態などのデモグラフィックによる分解を行い、労災率の偏りと是正計画を示すような(GRI的な)開示は、貴社の真摯な姿勢を投資家/評価機関に伝えることになるでしょう。
あるいは、定年延長を起点にしたKPIとして、たとえば延長対象者の定着率や配置転換率・事故率の推移、年齢適応型作業設計(段差解消、補助機器、夜勤再設計)などを説明することは、「延長しました」で終わるのではなく、「延長した上で、どう持続可能な仕組みに昇華したか」を示すストーリーを伝えるものであり、ESG開示としての信頼性が格段に向上すると考えられます。
前回の記事でお伝えしましたように、「年齢と品質・安全をどう両立するか」という視点は業界を問わず不可欠なのです。
高年齢労働者への配慮は、もはや一部業種の問題ではありません。
あらゆる業界が直面する人的資本の課題であり、製造業でもサービス業でも、職場の再設計力が企業の持続可能性を左右する時代に入っています。
定年を延長するかどうかではなく、延長したあとに何を変えるか。
あるいは、従業員の年齢構成が高齢化に向かうなか、年齢と品質・安全をどう両立するか。
年齢層が多様化していることを前提に、職場環境や働き方をどのように変えていくのか。
——人的資本経営の「リスク対応」が優れていると評価されるのは、その問いに対して、実践的な答えを提示できる企業ではないでしょうか。
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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:厚生労働省「高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会」 「第1回高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会」資料(資料2-1 高年齢労働者の労働災害防止のための指針の策定について)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。