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孤独と“やる気の空白”が示す人的資本KPIの新視点 ――キャリア終盤を支える「意味・つながり・越境・再出発」

人材戦略 / 人的資本開示

この記事の3つのポイント

  • キャリア終盤層の社員が直面する「飽き」や「孤独」は、企業にとって静かだが確かな人的資本リスクになりうる
  • 味の素・パナソニック・ユニリーバ・富士通・トヨタ・NECなど、既に兆しとなる取り組みを始めている企業もある
  • 「意味実感」「越境活動」「孤独感」「再出発準備度」「経験継承」――5つの視点から、人的資本KPIの再設計が必要とされている

仕事はできるが心が動かない――キャリア終盤の人的資本リスク

経験を重ねてきた社会人が、ふと「なんとなく惰性で働いている気がする」「今の仕事に手応えがない」と感じてしまう——このような話を、最近身の回りでよく聞きます。

目の前の業務は回せるけれど、自分の中で何かが止まってしまったような感覚。
これは、キャリアの後半に差しかかった社員が直面しがちな「やる気の空白」かもしれません。

それは、“早期退職”というかたちで表に出ることもあれば、在籍のまま静かに気力を失っていく“サイレントロス”として現れることもあります。

いずれにしても、人的資本経営が注目される今、こうした見えにくいリスクをどう捉え、支えていくかが、企業にとっての大きな課題となっているように思われます。

 

“何かが失われている”と感じたときに、企業にできること

実はこうした状態は、本人だけの問題ではなく、企業や組織の中で生まれる構造的な課題でもあります。

経験を積み、役割を果たしてきた人ほど、“できてしまうがゆえの手応えの薄さ”や、“求められていないように感じる疎外感”を抱きやすくなる――それは特別なことではなく、誰にでも起こりうることです。

だからこそ企業としては、「見えにくい心の状態」をどうやって把握するか、そしてそれをどのように人的資本の視点で支えていくかが問われます。

そのひとつのアプローチが、「KPIの再設計」ではないでしょうか。
以下に、KPIの考え方と、そのヒントになりそうな取り組みをしておられる企業様の事例をご紹介します。

 

KPIの考え方と事例ご紹介

KPI①「なぜ働くのか」の実感をどう支えるか(意味実感)

やりがいや意義が見えづらくなった時期にこそ、それを再確認できる仕組みが必要です。

たとえば味の素グループでは、自律的なキャリア形成を支援する「AjiPanna Academy」を導入し、社員が自身の強みや志向性を再発見する機会を提供しています。

このような取り組みは、「仕事に意義を感じているか」「経験が活かされていると実感しているか」といった“意味の手応え”を可視化するKPIを考えるヒントとなるのではないでしょうか。

KPI②「越境」が社員に活力を生む(社外・副業活動)

閉じた組織の中にいるからこそ、外とつながることが“自分の輪郭”を取り戻す機会になる。
社外との接点が、視野や刺激、そして新たな「自分らしさ」につながっていくこともあります。

パナソニックでは、副業制度やボランティア支援など、社外での活動を後押しする制度をすでに整備しています。

まずは「副業・プロボノの参加率」や「社外活動の件数」といった指標から着手し、「その経験がどう活かされたか」までを測る視点へと広げていくのはいかがでしょうか。

KPI③「つながり」の感度を高める(孤独感・心理的安全性)

ある早期退職者がこう語っていました。
「無駄に思えた会議や雑談が、今となっては心の支えだった」

退職後に襲ってくる孤独感。その多くは「誰かとつながっている」という実感の喪失から生まれます。
ユニリーバでは、心理的安全性を含むTeam Energy Assessmentを導入し、従業員のウェルビーイングの可視化に取り組んでいます。

企業として、「相談相手の有無」や「心理的安全性」を定期的にモニタリングすることは、これからの人的資本KPIに求められる観点のひとつです。

KPI④:「次のステージ」への準備度を測る(再出発支援)

退職や異動は、終わりではなく新しいスタートの始まりです。
でも、そこに向けた準備や心構えを支える仕組みがなければ、不安や孤立につながることも。

富士通では、社内キャリアカウンセラーによる相談が年間1,300件超にのぼるなど、社員のキャリアオーナーシップを支援する体制を整えています。

「社外ネットワークの有無」「再出発のイメージの明確さ」などを、企業として丁寧に測るにはどうすればよいか——これは考える価値がありそうです。

KPI⑤:経験の「継承」が居場所をつくる

ベテラン社員にとって、最も大きな“意義”とは何でしょうか。
そのひとつが、これまで培ってきたものを次の世代に引き継ぐことではないでしょうか。

トヨタでは、「ものづくりは人づくり」という考えのもと、技能伝承を重視した人材育成が実践されています。
また、NECでは役員によるメンタリングや、若手×経営陣のリバースメンタリングも行われています。

たとえば「メンタリング時間」「後進への技能伝承活動」などをKPIとして可視化することは、経験者が“居場所”と“意味”を取り戻せる環境を整える上で役立ちそうです。

 

人的資本KPIは「見える化」から「見守り」へ

人的資本の開示は、いまや有価証券報告書でも求められる時代になりました。
採用数や研修時間、離職率といった定量データももちろん重要ですが、そこに“心の指標”が足りていない――今、そんな実感をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

意味、つながり、越境、再出発、そして継承。
この5つの視点を測ることは、「人的資本の見える化」のその先――すなわち、社員一人ひとりの人生に寄り添い・見守る経営への第一歩となり、そこにこそ本当の「エンゲージメント」が生まれるのかもしれません。

 

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お読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

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