この記事の3つのポイント
統合報告書の巻末に載っているもの――それは、たいていの場合「会社情報」です。
本社や主要な事業部門、子会社などの所在地が、いわば“付録”のように記されています。
何気なく読み飛ばしてしまいがちなこの「拠点情報」ですが、いま、企業のあり方や戦略を語るうえで、意外なほど重要性を増しています。
「本社をどこに置くか」「事業部門をどこに集約するか」といった“拠点戦略”は、単なる経費や効率の話ではなく、経営の思想や価値観、そして企業戦略そのものを社会に示す手がかりとなりつつあるのです。
2025年8月25日、東芝は、本社機能の移転・集約を完了しました(東京都港区の芝浦地区から川崎市へ)。
参考記事:
「One東芝」へ、川崎に本社機能の集約完了 再興の求心力に(日経電子版、2025年8月25日)
本社を一つの場所に集める――それだけで会社が強くなるとは限りません。
ただし、過去の成功例をひもとくと、「経営と現場の一体感をどうつくるか」「文化をどう整えるか」という問いに、本社集約が確かな“起点”となっていたことがわかります。
東芝は「One東芝」として、再興を果たすことができるのか。
本日のブログでは、その可能性について考えてみたいと思います。
いまや“再生の成功例”として語られることの多い日立製作所とソニー。両社の快進撃のスタート地点にあったのが、実は「本社の集約」でした。
日立製作所は2009年にHQ機能のスリム化・意思決定の一本化など“本社機能の再定義”を進めました。リーマン・ショック後の巨額赤字に直面するなか、日立では、経営改革を担ったリーダーのもとで、トップダウンで進められた本社機能のスリム化と意思決定の一本化が功を奏しました。結果、2009年度には赤字幅を縮小、翌2010年度には大幅な黒字転換を果たしました。
ソニーも2012年、「One Sony」を掲げて本社機能を再編。事業部門との連携を強め、グループ戦略を一本化する体制をつくりました。その後、イメージセンサーやゲーム事業の強化で黒字転換を果たし、株価も大きく回復します。
両社に共通するのは、物理的な拠点の集約を、組織や戦略の“一体化”を進める象徴として活用した点です。単なる引っ越しではなく、本社機能を同じ空間に集約することで、部門横断の意思決定や経営と現場の連携が格段にスムーズになり、実際に組織の運営効率や戦略実行力が高まったとも言われています。つまりこれは、改革の本気度を社内外に示すメッセージであると同時に、実務的な効果をもたらす“仕組み”としても有効に働いたと考えられます。
一方、近年の事例として注目されるのが富士通とブリヂストンです。
富士通は2024年、神奈川県川崎市に本社機能を集約。研究開発拠点と同じ敷地に経営中枢を置くことで、イノベーション創出と働き方改革を加速させる狙いです。創立90周年を機に地域連携やオープンイノベーションにも注力しており、“攻め”の集約と言えます。定量的な成果はこれからですが、2025年夏には好決算/自社株買い・サイバー防衛テーマ・AI連携強化など複合要因を背景に業績期待が高まり、株価が一時大きく上昇するなど、市場からも変化の兆しが評価されつつあります。
ブリヂストンは2020年、国内のオフィス拠点を47から34へと再編。中央区の本社ビルに機能を集約し、グループ間の連携を強化しました。サテライトオフィスの整備やテレワーク拡充と合わせて、年8億円のコスト削減効果も見込まれています。さらに2023年以降は、タイヤに依存しないソリューションビジネスやモビリティ関連の新規サービスに取り組み始め、市場からの期待感も少しずつ反映されつつあります。
両社とも、経営構造そのものを変えるような大規模な変革が実を結ぶかどうかは、まだこれからという段階ではありますが、富士通の株価上昇やブリヂストンの新規事業への取り組みに見られるように、すでに市場や社会から一定の評価や期待が表れ始めているのも事実です。
つまり、両社の事例は“本社集約=強さ”を証明する決定打には至っていないものの、前進の兆しを示すケースとして注目に値します。
こうした視点は、これから「One東芝」として再出発を図る東芝にもあてはまりそうです。過去の成功例との違いは、「集約によってどの程度、経営と現場の距離を縮められたか」「戦略の一体感をどこまで実現できたか」にあるのかもしれません。
東芝にとっても、「経営と現場の距離を縮められるかどうか」が本社集約の成否を分ける大きなテーマとなります。2025年、同社は本社機能を川崎市のスマートコミュニティセンターへ集約し、「One東芝」として再生を目指しています。
背景には、会社分割案の見直しと、グループ一体経営への回帰があります。事業部門と本社の連携を強化し、全社横断の価値創造をめざすというビジョンは、かつての「One Hitachi」「One Sony」に重なります。
とはいえ、東芝の場合、これまでの経営の変遷や事業再編の影響から、組織内の一体感や文化の連携には、なお注力が求められる面もあるかもしれません。
成功の鍵は、次の3点にあるのではないかと私は考えます。
拠点の再編は、あくまで手段にすぎません。
大切なのは、それを起点に何を実現するかです。
日立やソニーのように、「本社を一つにする」という物理的な変化を、組織全体の意識や戦略の統合へとつなげた企業もあります。こうした動きは、ESG経営で求められるガバナンスの可視化や、価値創造ストーリーの実効性を裏付ける要素ともなり得ます。
今、本社をどうするかは、単なる総務や経費の話ではなく、その企業が何を大切にし、どう社会と向き合っていくのかという「あり方」の表現にもなり得る——そうであるならば、東芝もまた、川崎への集約を、未来に向けた新たな対話と協働のスタート地点にできるか。そして、そうした変化をどう受け止め、どのように語っていくかが重要な局面にあるかもしれません。
これまで統合報告書などでは、住所や拠点情報は巻末に“付録”のように記されることが多くありました。しかしいまや「拠点戦略」というテーマ自体が、企業が何を重視し、どんな価値を社会に生み出そうとしているのかを映し出す重要なメッセージとなりつつあります。
統合報告書の制作がまさに佳境を迎えている企業さまが多い今のタイミングだからこそ、いま、改めて「会社情報」や「拠点一覧」を「自社はどこで、どう働き、どう価値を生み出す企業なのか」を象徴する要素として見ていただくことをお勧めいたします。きっと、何か新たな発見があるのではと存じます。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。