この記事の3つのポイント
企業が変化に踏み出すとき、「伝統を壊すな」「ファンを裏切るのか」という声が上がることは少なくありません。
特に老舗や文化的価値の高いブランドであればあるほど、その声は大きく、意思決定を鈍らせる要因にもなり得ます。
でも、そんな時は少し立ち止まって考えてみることが必要かもしれません。
その“声の主”は、本当に今後もつながり続けるべきステークホルダーなのか?——と。
サステナビリティの分野では、「マテリアリティの特定」は常識となりました。
ダブル・マテリアリティやシングル・マテリアリティの観点から、企業として優先的に取り組むべきテーマを選び、課題を可視化していく。これは多くの企業さまですでに実践されており、その特定プロセスはサステナビリティレポートやウェブサイト上でも明示されています。
しかし一方で、「ステークホルダー」という言葉はどうでしょうか?
投資家、顧客、地域社会、従業員、行政――その名前は挙げられても、誰が実際に企業活動に影響を与え/受けるのか、どの関係が中長期で持続可能な価値創造に寄与するのかという点まで、明確に特定されているケースは、意外なほど少ないのではないでしょうか。
実は、より広い分野に目を向けると、「ステークホルダーの特定」は当たり前のように行われています。
たとえば、プロジェクトマネジメント(PM)の世界では、「ステークホルダー特定」はプロジェクトの出発点です。関係者を正しく把握しなければ、適切な関与、リスク対策、期待値調整ができず、プロジェクトの成功は難しくなります。
PMBOK(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)では、次のように説明されています。
ステークホルダーの特定は、プロジェクトのステークホルダーを定期的に特定し、関心事や影響などを分析・文書化するプロセスである…(中略)…プロジェクトチームが各ステークホルダーの関与への適切な配慮を認識できるようになる。
たとえば、この発想をサステナビリティの現場にも応用してみてはどうでしょうか。
すべての声に応えるのではなく、「誰と未来をつくるのか」を定義するところから始める。
そんなPM的思考は時に、企業にとって必要な視点になるかもしれません。
私がこのように考えるようになったきっかけは、よーじやのリブランディングを知ったことでした。
京都の老舗化粧品ブランド・よーじやが、2025年3月、60年ぶりにロゴを刷新し、新キャラクター「よじこ」を導入しました。
(参考記事)
あぶらとり紙のよーじや、60年ぶりロゴ刷新 土産から日常使いへ(日経電子版、2025年8月23日)
伝統的な手鏡のロゴに親しんできた人々の一部からは、「らしくない」「(ブランドイメージを)壊した」といった批判も出たといいます。
しかし、あぶらとり紙の利用は全盛期ほどではなく、化粧下地や皮脂崩れ防止アイテム、シートタイプの代替商品が広く普及するようになった時代。
そして、よーじやは、コロナ禍で売上が最大97%減という危機に直面し、「観光土産ブランドとしての限界」を突きつけられました。
そこからの再起にあたって、同社は「京都の人の日常に本当に必要とされる存在へ」という原点回帰を軸に、リブランディングを決断。
月1回の新商品投入、ロフトなどへの販路拡大、キャラクターを活用した若年層との接点強化など、大きな戦略転換を図ったのが今回のリブランディングなのです。
批判の声が上がったロゴやキャラクターにこだわる層は、実は現在の購買層ではなく、将来の支援者にもなり得ないかもしれない。
そう考えたとき、よーじやが選んだのは、「今と未来に向けて関係を築くべきステークホルダー」とのつながりを優先するという決断だった――私には、そのように感じられました。
すべての声を聞くのではなく、「誰とどんな未来をつくるか」に向けて選択と集中をしたその姿勢は、サステナビリティ経営のヒントになるのではないでしょうか。
「誰とどんな未来をつくるか」を真剣に考えてきた事例は他にもあります。
たとえば、高知県発祥の夏の風物詩「よさこい」や、グローバルブランドであるルイ・ヴィトンです。
先日(2025年8月24日)、表参道で両者を偶然にも同時に目にしました。
「原宿表参道元氣祭 スーパーよさこい」は、原宿地域の商店街による連携・復興を目的とした大規模な地域イベントです。私が見た地元の「原宿表参道元氣連」は、高知の名門「帯屋町筋」の法被をまとっていました*1。
この連の振付はラッキィ池田氏であるとのアナウンスがなされており、伝統と現代カルチャーを融合させることで、世代や文化の壁を越え、踊り手も観客も巻き込む舞台をつくっていました。
一方、よさこいの連が踊る通りに面したルイ・ヴィトン表参道店のショーウィンドーには、「Volez, Voguez, Voyagez」の文字が掲げられていました*2。
Volez, Voguez, Voyagez――このフレーズは、ルイ・ヴィトンが2015年に開始した巡回展のタイトルです。
この巡回展は、ブランドの原点である「旅」と「職人技」に立ち返るものでした。展覧会では、歴史的なトランクと並んで現代のバッグやアーティストとのコラボ製品も展示され、SNSでも大きく拡散。“高級ブランド”という敷居を超えて、Z世代や文化的関心層とも新しい関係を築いていました。
ここにも、「従来のファン」だけに応えるのではなく、未来の顧客との関係を積極的に構築するという姿勢が見えます。
伝統を守るために、変える――。
そんな柔軟性が、老舗ブランドや地域文化を持続可能にしているのだと実感しました。
よーじやも、スーパーよさこいも、ヴィトンも、共通して示しているのは、「変化は敵ではなく、関係性の再構築のチャンス」であるということです。
サステナビリティとは、ただ守ることではなく、誰とつながり続けるかを自ら選び直すことでもあります。
マテリアリティの特定に加えて、ステークホルダーの特定を考える。
- 自社にとって本当に向き合うべき相手は誰か?
- 未来のどんな顧客・地域・社会と関係を築くべきか?
このような視点を持っておくことは、これからのサステナビリティ担当者さまに役立つのではないでしょうか。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 ただし、あくまで私の目で見た範囲での理解です。(2025年8月24日現在)
*2 これも私の目視確認によるものです。(2025年8月24日現在)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。