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この記事の3つのポイント
私たちは日々、いくつもの「境界」に囲まれて暮らしています。昼と夜、若者と大人、コンビニとカフェ、アマチュアとプロ――
そのどれもに、見えない線が引かれていて、無意識のうちに「ここまで」と自分に言い聞かせているのかもしれません。
でも、ある瞬間、ふとしたきっかけでその境界をまたいでしまうことがあります。
今回は、そんな「境界を越える」体験を通じて、既存の枠の中に眠っている可能性を見つめ直してみたいと思います。
先日、「ナイターで」行われた高校野球の試合*1を見ていて、不思議な感覚を覚えました。
照明に浮かび上がる球場、夜空に響くブラスバンドの音、選手たちの所作――
それらがいつのまにか、プロ野球の試合の光景と重なって見えてきたのです。
あれ? これって高校野球だったよね?
そんなふうに自分に問いかけながらも、頭のどこかでは観客席にビールの売り子さんがいないかを探してしまったり…(笑)。
高校野球の、競技としてのルールや位置づけが変わったわけではありません。ですが、時間帯が夜に変わり、照明や音の“演出”が加わるだけで、「アマチュアとプロ」というはっきりしたはずの境界が、観る側の感覚の中で曖昧になっていく。
もしかするとこうした“境界のゆらぎ”は、(近年低下傾向にある)高校野球人気に新しい風を運ぶかもしれない――まだ確信まで呼ぶことはできませんが、そんな予感を抱かせる夏の一夜でした。
こうした「境界のゆらぎ」の体験は、企業が発信するIR資料やイベント、店舗空間にも応用できるかもしれません。中身を変えなくても、「どう見えるか」「どう聞こえるか」を変えることで、伝わり方や受け止められ方に違いが生まれる――そんな可能性を感じました。
「境界を越える体験」が、すでに市場として根づいている例もあります。
たとえば邦楽ロックフェス。かつては洋楽フェスが中心だったこの文化圏において、邦楽ロックだけで構成されたフェスが生まれ、いまや全国各地で季節を問わず開催されるようになりました。
その背景には、1970年代以降にロックを語る文化として捉え直し、フェスという体験の舞台を邦楽側にも根づかせた一連の流れがあります。
特定の人物や一時代だけの変化ではなく、批評と大衆性、演者と観客、世代と世代といった複数の境界が少しずつ溶け合いながら、音楽の“居場所”そのものが広がっていったと言えるのかもしれません。
その結果として、夏だけでなく春も秋も、音楽フェスは各地で開催され、ライブ体験は「一部のファン」から「多世代の共有空間」へと変化しつつあります。
中でも印象的なのは、40代のバンドがいまも主役としてステージに立ち、若い観客と一緒に盛り上がっている光景です。フェスの観客層も、年齢に関係なく親子や世代の違う友人同士で訪れる姿が目立ちます。
“この世代の音楽”“あの世代の場所”といった線引きを超えて、同じ体験を共有できる場が生まれている――これもまた、境界が自然に溶けるプロセスなのかもしれません。
企業活動でも、ターゲットを明確に絞るだけでなく、「世代をまたぐ共有体験をどう設計するか?」という視点が求められる局面が増えているように思います。
さて、「境界」と言えば、最近報じられたセブンイレブンの店舗収益テコ入れ策は、興味深いものでした。
セブン―イレブン・ジャパンは店舗のレイアウトを変更する改装に乗り出す。レジカウンターの長さを最大4割延ばし、出来たてパンや入れたて紅茶などレジ横商品を拡充する。雑誌売り場は5割以上減らし、冷凍食品や菓子類の品ぞろえを増やす。まず2年で500店で実施し、伸び悩む店舗収益をテコ入れする。
首都圏や関西地方の10店ほどで改装を開始した。2025年内に100店を手掛け、27年2月期には400店を改装する方針だ。1店舗あたりの改装費は数千万円を見込み、2年の総投資額は100億円を超えるとみられる。土地や建物を自分で用意した加盟店オーナーの店を除き、セブン側が費用を負担する。一部店舗では1〜2日休業する必要があり、同規模の店舗改装は10年ぶりとなる。
出典:日経電子版「セブンイレブン、カウンター4割延ばし「レジ横」拡充 雑誌棚は半減」(2025年8月5日)
「座れるコンビニ」は特に珍しいものではありませんが、今回のセブンの動きは、“座る”という滞在の器よりも、“出来たてを受け取る”体験のほうへ舵を切っているように見えます。
雑誌棚をしぼり、バックヤードの一部を前に明け渡し、レジカウンターを延ばしてコーヒー機やベーカリーケース、温ケースを前線に集約していく。レジ横が小さなキッチンのように機能する設計が、少しずつ立ち上がっているように見えます。
この改装が進めば、コンビニ(小売)とカフェ・デリ(サービス)の境界が、テーブルや椅子ではなく、カウンターの“ライブ感”でゆるやかに溶けていく。
そして抽出音や香り、湯気、そして手渡しの瞬間――五感のスイッチが入るたびに、「棚で選んでから会計」だった流れが、「カウンターで出来たてを受け取る」体験へと、少しずつ置き換わっていく——そんな変化が、来店の“理由”をもう一つ増やす。
成果が数値に表れてくるまでには少し時間がかかるかもしれませんが、これは、店舗という物理的資産の「見せ方」や「流れ方」を変えることで、提供価値を再定義しようとする試みなのかもしれません。
IR・サステナビリティ担当者さまの視点で見れば、既存の設備を活かしながら収益構造を変えていく一手として、注視に値する事例ではないでしょうか。
高校野球、邦ロック、セブンイレブン。
ジャンルも規模も違う3つの事例ですが、そこには共通する視点があります。
それは、「体験を変えることで、境界は自然とまたがれる」ということです。
中身を大きく変えなくても、照明の質、音の響き、空間の流れ――そういった体験のデザインを少し変えるだけで、人はそれまでとは違う意味づけを始めます。
そして、その“意味の変化”こそが、新しい市場や支持を生む種になるのではないでしょうか。
境界の向こうには、新しい価値や出会いが待っているかもしれません。
そのきっかけを、どう体験として設計するか――
特に個人向けIRにこれから力をいれようとされている企業さまにとっては、自社の「境界」がどこにあって、どのような「体験」で自社のポジショニングを変えることができるのか?という問いは、考えてみる価値があるように思われます。
執筆担当:川上 佳子
*1:8月5日開幕の17:39の試合を皮切りに、翌6日から9日までは「午前の部」と「夕方〜夜の部」に分けた二部制で試合が行われました。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。