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素材系BtoB企業も個人株主重視へと舵を切った ――USスチール買収やトランプ関税が生んだ新トレンド

ニュース / 個人向けIR

この記事の3つのポイント

  • なぜ今、素材系BtoB企業が個人向けIRに本腰を入れ始めたのか
  • 日本製鉄・UACJという二つの事例に見る「戦略的株式分割」の狙い
  • IR担当者として、個人投資家をどう位置づけるべき

「個人向けIRはうちには関係ない」と思っていませんか?

2025年8月、日本製鉄とUACJという素材系大手が立て続けに株式分割を発表しました。
どちらも10月1日を効力発生日とし、日本製鉄は1株→5株、UACJは1株→4株へと大幅に引き下げます。

一見、株式分割は「株価が上がったから」という単純な理由に見えるかもしれません。
でも、今回の2社はそうではありません。むしろ、「今こそ個人投資家を戦略的に取り込むべき」と判断した企業の意思が見える、象徴的な動きだったのです。

 

なぜこれまで個人向けIRが進まなかったのか?

素材系BtoB企業が、これまで個人投資家に距離を置いていたのには理由があります。

 

市況変動リスクが大きい
鉄鋼や非鉄金属は、為替や原材料価格、海外需要などに大きく左右される業界。短期的な業績の振れ幅が大きく、個人には読みづらい領域とされてきました。

 

株価水準が高く、参入障壁が高かった
1単元(100株)あたり数十万円という銘柄も多く、「試しに買ってみる」にはハードルが高い水準にありました。

 

 IR活動は機関投資家に向いていた
決算説明会・アナリスト説明会中心の発信体制が多く、個人に向けたメッセージやチャネルの整備は後回しになっていました。

 

「機関投資家だけでは支えきれない」時代に

転機となったのは、ESGと財務リスクの“ダブル不確実性”です。

 

ESG要件の強化と評価リスク
素材系企業はどうしても温室効果ガス排出が多いため、ESG評価においては構造的に不利。そのため、厳格なESG方針を持つ機関投資家から敬遠されるリスクが高まっています。

 

財務リスクの表面化
大型M&Aや事業再編、地政学的リスクにより、一時的に赤字を出す場面もあります。例えば日本製鉄のように、大型買収(USスチール)によって短期的な格付け低下や赤字見通しが発生した場合、機関投資家は保有を見直すきっかけにもなります。

 

経営戦略の頼れるパートナーになった「個人投資家」

一方で、個人投資家には次のような強みがあります。

 

  • 長期視点で企業に共感し、保有してくれる(ファン株主化)
  • ESGや格付けなどの定量条件にとらわれず、企業のストーリーで動く
  • NISAなどの制度変更によって市場参入者が急増中

 

実は今、「個人投資家」は経営戦略にとって頼れる存在です。
機関投資家に比べて短期的な動向に左右されにくく、企業に共感すれば長期で応援してくれる——そんな“粘着性のある株主基盤”としての価値が見直され始めています。

その可能性を正面から捉え始めたのが、今回の2社の動きでした。

 

ケース①:日本製鉄――財務リスクを乗り越える「個人IR」の一手

日本製鉄は2025年4–6月期、USスチール買収に伴う一時費用の影響で1958億円の最終赤字を計上。
通期予想も2000億円の黒字から一転して400億円の赤字見込みに。さらにS&Pによる格付けもBBBに引き下げられ、資本コストの上昇リスクが顕在化しました。

そうした中で打ち出したのが、1→5の株式分割。最低投資額を約30万円から6万円弱に引き下げ、個人投資家の裾野を一気に広げる施策と考えられます。

 

“投資単位の見直し”は、流動性の改善と株主構成の多様化を通じて、資本市場での安定した評価を得るための戦略的なIR施策。
分割そのものがメッセージです。「私たちは、個人を戦略的に歓迎しています」と。

 

ケース②:UACJ――関税リスクの“需給緩衝材”としての個人株主

UACJは、同社として初めての株式分割(1→4)を発表しました。背景の一つには、2025年に発動されたトランプ政権によるアルミ関税の引き上げがあったのではと私は推測しております。

輸入アルミに対する関税が従来の2倍となったことで、米国市場では「海外製よりも米国内生産品を選ぶ動き」が一気に強まりました。

この変化は、米国に生産拠点を持つUACJにとっては好材料でした。輸入規制の影響を受けにくい“現地製造企業”として評価され、市場では「追い風」と捉える動きが広がったのです。

一方で、関税強化による原材料価格の高騰や、輸出入コストの変動リスクも無視できず、先行きには不透明感が残ります。こうした“プラス材料とマイナス材料が交錯する”中で、投資家心理も振れやすくなり、実際にUACJの株価は関税発表後に急騰したのち、高値圏で不安定な推移を見せていました。

その中での分割は、「買いやすさ」の演出であり、流動性を高めて値動きを安定させる“需給安定策”となり得ます。

同社さんはもともとIRサイトや工場見学などの個人向けチャネルも整備済でしたので、分割後のコミュニケーションへの備えもできている印象です。

 

結論:個人向けIRは「守り」でもあり「攻め」でもある

個人投資家の取り込みは今、企業の資本政策そのものを支える重要な要素になってきています。

そしてそれは、IR担当者にとっても「総務が担うべき業務」「副次的業務」ではありません。むしろ、財務・資本コスト・企業価値と深くつながる“戦略部門”としての役割を帯びつつあるのです。

 

開示に関して申し上げるなら、統合報告書の見直しもその有効な起点のひとつとなるはずです。気になる方は、ぜひご一報ください。ご一緒にその一歩を考えられれば幸いです。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子

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