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「砂浜が消える」という物語を読み替える――海食洞から考える新しい海岸の価値と生物多様性の話

ニュース / 生物多様性

砂浜が消えるのは、本当に“悪いこと”か?

「2050年までに日本の砂浜が最大で50%失われるかもしれない」――そんな衝撃的な予測が、今年8月の日本経済新聞で紹介されました。

 

2050年に砂浜半減も 夏のレジャー、海水浴は少数派(日経電子版、2025年8月3日)

 

記事によると、気候変動に伴う海面上昇や台風による浸食、河川からの砂の供給減少などが重なり、全国の砂浜が急速に後退しているといいます。

 

ですが――その「失われる砂浜」には、果たして“遊び場”としての意味しかないのでしょうか?

そもそも「海辺=遊び場」という前提は、歴史的に見て当たり前のことなのでしょうか?

海辺は“遊ぶ場所”ではなかった――明治以前の海岸の役割

前述の記事によれば、日本で「海辺」がレジャーとして親しまれるようになったのは、実はごく最近のことなのだそうです。

平安時代から明治初期にかけて、海辺はむしろ「潮湯治(しおとうじ)」の場。海水や日光を医療目的で活用する行為であり、近代においても最初の海水浴場は“病院の延長線上”で設けられたものでした。つまり、海辺はもともとは「治す場所」だったのです。

やがて近代化とともに「海=遊び」という感覚が生まれ、昭和以降にはレジャーの中心地となっていきました。しかしその歴史は、わずか100年ほど。海の役割が変わり続けてきたことを考えると、遊び場としての砂浜が減っていくことも、ひとつの時代の転換点と捉えることができるかもしれません。

「砂が消える」ことで現れる新たな地質的資源――海食洞の存在

砂浜の後退に伴い、それまで砂によって覆われていた岩盤が露出し、海食洞が新たに確認されたり、その存在がよりはっきりと認識されるようになったりしています。もともと、海食洞という地形は岩盤が波浪の侵食によって形成されるもので、砂浜が減少し岩盤の露出が進めば、洞窟形成の条件が整いやすくなります。

実際に鳥取県・浦富海岸では、砂浜の後退と並行して、以前よりも海食洞の認知度や注目度が高まっています。これは、砂浜の後退が結果的に、海岸の新たな景観として海食洞を際立たせることにつながっているからです。

 

また日本国内のみならず、米国カリフォルニア州のチャネル諸島国立公園や地中海沿岸の複数地域でも、砂浜や沿岸地形が浸食され岩盤が露出することで、以前より海食洞の存在が広く知られるようになった例があります。

こうした現象は、砂浜が消えることによって初めて目に見えるようになった「顕在化した自然資産」として捉えることが可能でしょう。つまり、砂浜の消失自体が海食洞の形成速度を劇的に早めるわけではありませんが、「砂が減少した結果、見えなかった自然景観や地質資源、生態系が新たに目に入るようになってきている」ということです。

 

海食洞が生み出す、もうひとつの豊かさ――生物多様性のゆりかご

日本各地の海食洞では、独自の生態系が形成され、多種多様な生物が共存しています。ここで重要なのは、個々の珍しい生き物がいるという事実だけではなく、海食洞という環境そのものが生物多様性の保全において果たす「役割」に目を向けることです。

 

海食洞は「天然の避難所」として、生物多様性を支える貴重な環境です。光が届かず、波や潮流が穏やかで、外部環境から一定程度遮断されているため、競合種や捕食者が少なく、特殊な環境に適応した生き物が安定的に生息できる場になっています。特に、他の生息地が人間活動や気候変動の影響を受ける中で、こうした特殊環境が希少種や絶滅危惧種にとって重要な「セーフゾーン」となり得る点が注目されています。

 

浦富海岸の龍神洞における陰日性サンゴや、愛媛県宇和海沿岸の海食洞で確認されるソフトコーラル群落、和歌山県の海食洞を利用するコウモリの繁殖地などは、まさに海食洞という特殊環境が生態系の保護や維持にとって不可欠であることを示す好例といえます。さらに地中海沿岸では、海食洞が絶滅の危機にあるモンクアザラシの重要な繁殖地として保全対象となっているなど、国際的にもこうした環境を積極的に保護し、管理する動きが進んでいます。

実際、地中海地域ではEUの生息地指令(92/43/EEC)やバルセロナ条約に基づく「ダークハビタット行動計画」などにおいて、海食洞が重点的な生物多様性保全地域として正式に位置付けられており、その保護に向けた管理や持続可能な利用計画の策定が進んでいます。

 

企業が海岸域で開発や観光事業を行う際には、こうした“見えづらいが重要な生態系”への配慮が求められます。環境影響評価や生物多様性戦略の策定においても、海食洞の存在は見過ごされがちな視点なのではないでしょうか。

 

見方を変えれば、損失ではなく“変化”かもしれない

もちろん、砂浜の消失には経済的な側面や地域社会への影響があることは事実でしょう。

しかし他方で、「砂が失われることによって、新しい自然資源の形成や生態系保全という価値が生み出されていることもまた、持っておくべき視点なのではないでしょうか。

「損失」だけで語るのではなく、変化によって生まれる価値に目を向ける――その柔軟な視点こそが、これからの自然環境との向き合い方に必要とされているのかもしれません。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

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