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先日、高校野球で「指名打者制(DH制)」が導入されるニュースを目にしました。
高校野球にDH決定 来春の選抜から 出場機会増やす(日経電子版、2025年8月2日)
理事会後の記者会見で井本亘事務局長は「部員の出場機会を創出する狙い」と説明した。
高野連が導入するDH制は先発投手が指名打者を兼務できる、いわゆる「大谷ルール」だ。打撃の得意な投手は打席に立ち、降板後もDHとして出場を続けることができる。
投手が打撃や走塁を負担せず、本来の仕事である投球に専念できること、打撃専門の選手が起用できて個性を活かせること——そしてそれらが「部員の出場機会を創出する」ことに注目されているのだそうです。
この「指名打者制」に関するニュースを見て、私はふと、「これってIRの現場にも活用できる発想ではないか」と考えました。
決算説明会や株主総会など、IRの現場では、いまだに「経営トップが全ての質問に即答できるべき」という考えが根強くあります。ですが、これはよく考えると高度経済成長期の「スーパー経営者幻想」から来ているのかもしれません。
戦後日本を牽引した土光敏夫氏(東芝・経団連)や松下幸之助氏(現パナソニック)のようなカリスマ経営者であれば、すべてを自ら把握し判断する「マイクロマネジメント」的スタイルが当たり前だったかもしれません。
ですが、今の時代、事業環境はかつてないほど複雑化しています。
技術革新のスピードや専門分野の細分化が進む中、一人の経営トップがすべての質問に即答できることは現実的ではありません。
むしろ「無理をして浅い答えをしてしまう」ことになりかねず、それがかえって投資家との信頼関係を損ねるリスクがあるとしたら…それは憂慮すべき問題ではないでしょうか。
現代のガバナンスの本質は、「適切な人材に適切に権限委譲を行い、その権限と責任を明確にすること」です。
経営トップがすべてを握るのではなく、それぞれの専門分野を深く理解している現場の担当者が責任を持ち、意思決定や情報発信を担うことで、組織全体としての透明性・専門性・スピードが向上します。
これが、持続可能で強い組織をつくる現代的なガバナンスの姿です。
このように考えれば、投資家との対話においても、現場の専門家や担当部門の責任者がその専門性を生かし、直接対応した方が、より正確でリアルな情報提供につながることがわかります。
IRの現場は、経営陣がどのように情報を把握し、誰に任せているのか――つまり、ガバナンスの実態が外部に最も鮮明に可視化される“縮図”とも言える場です。
昨今ではガバナンス改革の「形骸化」が取り沙汰され、改革の実効性をどう見極めるか、どう開示するかが話題に上ることが多いですが――IR説明会における説明の体制を見れば、この”実効性”もある程度見えてくると言えるかもしれません。
ということで、私からご提案したいのが「IR指名打者制」です。
これによって、現場は説明会や株主総会のための「想定問答集」の作成に追われることなく、投資家にリアルタイムで具体的かつ深い回答を提供できます。
また「現場の専門家が直接説明する」という透明性の高いガバナンスを示せるため、投資家からの信頼も増します。
さらにこのIR指名打者制には「後継者育成」という大きな副次効果があります。
経営を理解し、語る機会を持つこと。それは、いずれ意思決定の責任を担う人材を育てる第一歩でもあります。
投資家の前で、自社の経営を語る経験ほど、現場に経営の視座と覚悟を芽生えさせるものはありません。それは、単なるIR対応ではなく「経営者を育てる場」でもあるのです。
現場の責任者が投資家との直接対話を行えば、経営者視点やコミュニケーション能力を養えます。こうした経験は次世代の経営人材育成に直結し、持続可能な経営体制の構築にも貢献するのではないでしょうか。
(社外取締役を投資家対応に出す動きも進んでいますが、私はむしろ、現場を担う人材こそ、投資家との対話を通じて鍛えるべきではないかと思うのです。)
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企業が持続可能に成長するために必要なのは、「一人のカリスマ経営者」ではなく「チームとしてのガバナンス力」です。
「IR指名打者制」で経営のサステナビリティを高める——この夏、高校野球を目にする機会があったら、こんなことも考えてみませんか?
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。