サステナ開示をめぐる動向 / ステークホルダー / 価値創造ストーリー
先日、横浜港で巨大なクルーズ船「飛鳥Ⅲ」が帰港する光景を初めて目にしました。
その進み方はあまりにゆっくりで、一瞬止まっているかのように錯覚するほど。でも確かに、少しずつ、確実に目的地へ向かっていました。この不思議な光景を見ていた私の心には、ラテン語の格言「Festina lente」(ゆっくり急げ)が浮かんできました。
横浜港を進む飛鳥Ⅲは、なぜあれほどゆっくり航行していたのでしょうか。そこには、安全性と精度を確保するための理由があります。
大型船は質量が大きいため慣性が非常に強く、急な操舵や停止が困難です。低速で進むことは、予測不能な状況に柔軟に対応し、事故を防ぐための大切な配慮なのです。
実際、多くの港湾では、安全確保のために大型船舶に対して低速航行を義務付ける港湾規則が存在します。これにより、船舶間の衝突リスクや岸壁など施設への接触リスクが低減されています。
一見、進んでいるのか分かりづらいほどの速度でも、着実に目的地へ向かっている大型船。私たちは、目に見える「速さ」だけで進捗を判断しがちですが、「ゆっくり」には確かな理由と価値があるのだなと思わされた光景でした。
サステナビリティの取り組みにも、同様の視点があります。短期的な成果を求めて急ぎすぎれば、本質を見失いかねません。
最近では、ESG評価が役員報酬に組み込まれているケースも少なくありません。その結果、ESGへの取り組みにも「短期的な成果」が求められる傾向があります。
しかし本来、脱炭素化やサプライチェーンにおける人権の課題、生物多様性への対応は、長期的かつ継続的に取り組むべき課題です。すぐに成果が見えにくい活動ほど、実際には着実に進める必要があります。
短期的成果を求められる現場と長期的取り組みの本質の間で、日々奮闘されているサステナビリティ担当者様のご苦労がしのばれます。
もちろん、評価機関によって異なるところはありますし、業界や企業によっても状況は異なりますが――ESG評価機関から高評価を得るには、必ずしも完成された成果を示す必要はない、という場合もしばしばあります。
実際に、MSCIやFTSEなどの主要なESG評価機関では、取り組みの完成度だけではなく、途中経過を含めた継続的かつ透明性ある情報開示を高く評価しています。進捗状況を定量的なKPIで示すだけでなく、直面する課題とそれを乗り越えるための取り組みを具体的なエピソードとして紹介することが、評価につながるケースも見られます。
進捗を数値化するだけでなく、課題や困難に直面していること、その課題にどう向き合い克服しようとしているかなど、途中経過を具体的なストーリーとして示すことは、ESG評価機関による評価の「基礎点」となるケースもありますし、それ以外の投資家やステークホルダーの理解と共感を得る上でも重要です。
「Festina lente」——急がず、焦らず、信念に基づいて確実に取り組みを進め、その航路(途中経過)を透明性高く共有する企業さまは、持続可能な価値創造を実現できると、私は考えております。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。