企業経営のニュースでたびたび目にする「引責辞任」――。
不祥事や業績不振のたびに経営トップが交代するのは、日本企業特有の現象のようにも感じられます。
昨日はついに、こんなタイトルの記事が日経電子版に掲載されました。
記事はこんな記述で始まります。
業績不振が続いたり、不祥事を起こしたりしたときの企業経営者の責任の取り方には、いろいろなパターンがあります。報酬の一部を一定期間返上するのが代表格。成長への道筋をつけるまで、あるいは再発防止の体制が整うまで踏みとどまるのも、ひとつの選択肢です。ただ、株式市場や一般消費者に対してのメッセージ性が高いのは、やはりトップの座から降りることでしょう。
「株式市場や一般消費者に対してのメッセージ性が高いのは、やはりトップの座から降りること」――本当にそうなのでしょうか。
サステナビリティの視点から見た場合にも「引責辞任」は本当に最善の選択なのでしょうか。
引責辞任には、市場や世間に対して迅速に責任を明確に示すという一定の効果があります。
しかし、この辞任が本当に問題を解決するのかについては疑問が残ります。
経営トップが辞任することで問題の本質的な解決が先送りされ、企業が抱える構造的課題が放置されるケースも珍しくありません。
また、頻繁なトップ交代は、経営のノウハウ喪失や、後継者育成が遅れるなど、人的資本という観点から企業価値を毀損するリスクもあります。
そもそも、後継者育成そのものが人的資本経営における大きな課題である中で、いとも簡単にトップの首を挿げ替えるという行為が是とされる風潮自体に、立ち止まって見直すべき点があるのかもしれません。
もちろん、明らかな倫理違反や法令違反であれば、責任の取り方は明白です。しかし、ビジネス判断上の失敗や一時的な業績悪化といった「健全な失敗」まで、即座にキャリア断絶につなげてしまうのは、本当に賢明でしょうか?
欧米企業では、失敗を経験した経営者が再び社外取締役などの形で経営に関わるケースも見られます。
たとえば、Appleの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏は、1985 年に自身が立ち上げた Apple を退任した後、NeXT や Pixar を率いて経験を積み、1997 年に Apple へ復帰。iMac、iPod、iPhone などの革新的製品を相次いで投入し、同社を劇的に再生させたことでよく知られています。
これは、失敗や挫折の経験が深い内省を促し、リスク管理や危機対応の能力を大幅に向上させる好例と言えるでしょう。
もう一つ、海外の再登板事例として挙げられるのが、デル・テクノロジーズの創業者マイケル・デル氏でしょうか。
同氏は 2004 年に CEO を退き会長となりましたが、その後 PC 市場の成熟と競合激化で売上成長が鈍化し、利益率も低下しました。2007 年に CEO に復帰すると、サプライチェーン改革や M&A を通じたポートフォリオ転換を主導し、企業価値の立て直しに成功しました。2013 年には自ら主導して同社を非公開化し、中長期視点での再構築を図ったことでも知られます。こうした再登板事例は、失敗や停滞を学びへ転換し、再挑戦によって企業価値を高めたケースとして参考になるでしょう。
失敗を経験したリーダーは、同じ轍を踏まないための判断力や慎重さ、そして人間としての共感力を備えている可能性があります。「失敗経験のある経営者」には、むしろ再起のチャンスを与え、企業や社会の資産として活かす視点も必要ではないでしょうか。
サステナビリティ経営が注目される今、辞任以外の責任の取り方を再考することが求められています。
報酬カットや再発防止策の実行などはすでに多くの企業が実施しており、定型的な対応にとどまりがちです。
むしろ、企業文化の再構築や組織内対話の促進、ステークホルダーとの継続的な関係修復といった、より根本的で創造的な責任の取り方が求められているのではないでしょうか。
経営トップの「失敗経験」も、人的資本としての価値を持つものだと捉えることができるのであれば、社内でその経験を共有し、学びとして活かしていく姿勢は、企業の持続的な成長に向けた大切な一歩かもしれません。
人的資本経営において、最大の課題の一つは後継者育成です。
経済産業省の報告などでも、社外取締役や経営層における多様な人材の確保が課題として挙げられています。
こうした中、「失敗を経験した経営者」の再登用は、人材の流動性確保や経験の継承という点でも、十分に検討すべき選択肢です。
「引責辞任文化」と緯線を画することは、失敗を恐れず問題から逃げない風土を作り、企業の長期的なサステナビリティに結び付く効果も見逃せません。
企業の真の持続可能性を考えるならば、「引責辞任」だけでは問題は解決しません。
失敗を経験したリーダーを貴重な資産として再評価し、「辞任以外」の責任の取り方を許容することが求められます。
サステナビリティ担当者さまとして、もし自社で類似の状況が起きたとしたら、どのような選択肢を検討できるでしょうか?
辞任を即座に求める前に、「この人材を活かす方法はないか」と問い直すことは、持続可能な経営につながる重要な姿勢かもしれません。「責任を取る」とは何か。ニュースでトップの進退問題が取り上げられている今を、この問いについて考える機会ととらえていただけましたら幸いです。
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今回もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。