東京の三菱一号館美術館では現在、ピエール=オーギュスト・ルノワールとポール・セザンヌの展覧会が開催されています(展覧会名:「オランジュリー美術館 オルセー美術館 コレクションより ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠」)
ルノワールの絵画は、明るい色彩と愛らしい子どもや女性、花々で知られ、どの作品も一貫して温かく幸福感に満ちた印象を与えますが、この「愛らしい美」の裏には、ルノワールの深い覚悟が隠されていたことをご存知でしょうか。
彼の芸術に向かう姿勢は、「embrace(抱擁)」—日常の美や人々を愛情深く受け入れる精神—とも呼べるもので、現代のサステナビリティにおけるステークホルダーエンゲージメントに深い示唆を与えてくれるのではないかと私は考えております。
本日のブログでは、ルノワールの「覚悟から共感的な関係構築のヒントを探ります。
一般に、ルノワールの絵画は明るい色彩と愛らしいモチーフで知られ、どの作品を見ても幸福感と温かみに満ちています。
展覧会で展示されるルノワールの代表作のひとつ《ピアノの前の少女たち》では、柔らかい色彩で少女たちが描かれています。静物画においても彼は、花をなんらかの象徴として意味を持たせるのではなく、ただその花を見つめ、明るくやさしい色合いで描き出します。
これらの一貫した「愛らしい美」は、ルノワールが世界を軽やかに、楽観的に捉えているように見えるため、表面的には努力や葛藤を感じさせません。
しかし、このような彼の作風は、単なる楽観主義ではなく、人々に喜びを与えるための深い信念に基づいていました。
ルノワールが生きた19世紀後半、写真の登場により画家たちの役割は大きく変わりました。
写真が現実を正確に捉える一方で、多くの画家は内面の葛藤や抽象的なテーマを追求する方向へ進みました。ロマン主義や象徴主義の画家たちは、感情や神秘性を強調し、自己の内面を深く掘り下げる方向へと進みました。
しかしルノワールは、あえて観客の幸福感やわかりやすい美にフォーカスする道を選びました。この選択は、単なるスタイルの違いではなく、時代の潮流に逆らう覚悟を伴うものでした。彼は、写真が提供する客観的な再現や内面追求型の芸術とは異なり、絵画を通じて人々に喜びを届けることを優先したのです。
この覚悟は、ルノワールの晩年に顕著に表れます。
後年の彼は激しいリウマチの痛みで筆を持つことさえ困難になりましたが、そんな中でもルノワールは決して暗い感情や内面的な葛藤を作品に投影しませんでした。
むしろ明るく愛らしい絵画を描き続け、助手に筆を固定させてまで創作に向き合ったのです。
そして、「絵画は壁に飾られるものだから、愛らしいものでなくては。世の中には心塞ぐようなことが多いから」という彼の言葉は、ポジティブなまなざしを維持し続けるためのルノワールの強い意志を物語ります。
ルノワールの「embrace」は、単にモチーフを愛情深く受け入れるだけでなく、困難の中でも美と希望を信じ、観客に温かみを届けるための深いコミットメントでした。
今回の三菱一号館美術館の展示では、このコントラストが彼の作品の奥深さを際立たせているように見えます。
このようなルノワールの「embrace」の精神— 一見軽やかな美の裏にある逆境を乗り越える覚悟— は、サステナビリティにおけるステークホルダーエンゲージメントのヒントにもなるように思います。
ルノワールが一貫した美を通じて人々を温かく包み込んだように、ステークホルダーエンゲージメントでは、関係者のニーズや感情を深く理解することが重要です。
たとえば、地域社会が環境問題に不安を抱いている場合、企業は単にデータや解決策を提示するだけでなく、彼らの価値観や願いを受け入れる姿勢が求められます。ルノワールが現実を愛情深く再構築したように、ステークホルダーの視点を共感的に「embrace」することで、信頼の基盤が築かれます。
ルノワールの明るい絵画は、自身の苦しみとは対照的な希望と美を伝えました。サステナビリティにおいても、気候変動や社会的不平等といった「心塞ぐような」課題に直面する中、ポジティブなビジョンを共有することが重要です。
たとえば、企業が持続可能なサプライチェーンを構築する際、単に効率化を強調するのではなく、クリーンな未来やコミュニティの繁栄という「愛らしい」ビジョンを提示することで、ステークホルダーを引き込みます。こうした姿勢は、ルノワールが逆境を乗り越えた覚悟に通じるものです。
ルノワールの「embrace」は、一時的な美の表現ではなく、生涯にわたるコミットメントでした。彼の作品は、どの絵を見ても一貫して温かみと幸福感を伝え、観客とのつながりを保ちます。
サステナビリティにおけるエンゲージメントも、単発の対話ではなく、長期的な信頼関係の構築が鍵です。ステークホルダーの声を継続的に聞き、フィードバックを施策に反映させることで、関係を深められます。
ルノワールが痛みに耐えながらも創作を続けたように、困難があってもステークホルダーを「embrace」し続ける覚悟が、持続可能な未来を築く力になります。
ルノワールが持ち続けた温かく共感的なまなざしは、現代におけるステークホルダーエンゲージメントに通じる大切な示唆を与えています。
複雑で多様な課題に直面する現代社会において、企業がステークホルダーと深く、真摯に向き合うためには、単なる課題解決を超えた「embrace」の精神が必要です。
ルノワールの覚悟に学び、困難を前にしても温かなビジョンを持ち続けることは、より豊かで持続可能な社会を築く鍵になるのではないでしょうか。
お時間が許せばぜひ一度、三菱一号館美術館の展覧会に足を運び、ルノワールの「まなざし」に触れてみてください。そこにはきっと、御社がステークホルダーとの関係で次のステップを踏み出すためのヒントが隠されていると思います。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。