本日(2025年7月23日)のニュースは関税合意の話で持ち切りですが…個人的には、トランプ大統領が“極東向けの切り札”として掲げるアラスカ産LNG合弁計画の話も気になっております。
トランプ大統領、アラスカLNG開発「日本と合弁事業」(日経電子版、2025年7月23日)
アラスカ–日本間はおよそ3,000海里(約5,500km)*1。
LNGタンカーでの航行日数は6〜8日程度で、中東カタールからの航路(約6,480海里、約12,000km)と比べると、確かに距離やCO₂排出量の削減につながることでしょう。
ただ、「近い=サステナブル」と簡単に結論付けられるわけではありません。
米国エネルギー省が公表しているLNGのライフサイクル評価によれば、米国産LNGのGHG排出量は確かに石炭より低いものの、北極圏特有のメタン漏えいリスクが加わると状況は一変します。近年、IEAやNASAなどの衛星観測データでも、北極圏のガス田ではメタン漏えいのホットスポットが報告されており、バリューチェーン全体の排出管理(Scope3)は避けて通れません。
次に見落としがちな点が、規制や金融リスクです。EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)は現在、LNGを対象としていませんが、2026年以降には対象拡大が議論される可能性もあると考えられます。
またEU排出量取引制度(ETS)では、2025年から船舶排出の40%が課金対象になります。
「輸送距離の短さ=低コスト」という従来の考え方が、規制強化によって初めて具体的な炭素コストとして明確になる時代が到来しつつあります。
日本国内の状況にも注目が必要です。2025年版トランジション・ボンド(移行債)ガイドラインが公表され、LNG関連事業への投融資も「2050年ネットゼロに適合する移行性」が問われます。つまり、メタン排出に関する検証基準*2 やCCS(炭素回収・貯留)計画が整っていないプロジェクトには資金調達が難しくなるのではと思われます。
頭の体操レベルではありますが、本プロジェクトに「参加しない」企業さまにおいて、本件に関し、サステナビリティの面でどのような検討を行うとよさそうかを考えてみました。
■自社のエネルギー調達先の「メタン管理レベル」を再確認
自社のエネルギー調達先(電力・ガス等)がLNGを使っている場合、そのメタン漏洩管理基準を確認していくとよさそうです。OGMP2.0などの国際基準を満たすサプライヤーを選定するよう働きかけることで、間接的に業界全体の改善を促せます。
■規制動向を踏まえたリスク分析の社内共有
EUのCBAMやETSなどの新たな国際規制が、自社のサプライチェーンや調達コストにどのような影響を与え得るかを分析し、事前に対応策を準備して社内で共有することは重要です。
■サプライチェーン上のScope3排出量の把握と開示強化
調達したエネルギーが「どこで、どのように」生産され輸送されているのかを把握し、Scope3排出量を定量化して開示することが求められています。調達先に対して透明性を求める声を高めていくことも大切です。
■エネルギー調達戦略の見直し(再エネ・水素比率の向上)
LNG調達に伴うメタン漏洩や規制リスクが高まる中で、中長期的には再生可能エネルギーや水素、アンモニアなど、より低炭素なエネルギー源へのシフトを進める戦略を社内で議論し、推進するチャンスでもあります。
■業界全体のエンゲージメントを促進
今回のアラスカLNG開発計画は、北極圏という環境的に敏感な地域で行われるプロジェクトであり、メタン漏洩や生態系影響、先住民コミュニティへの影響など、多くの課題を伴います。
自社が直接関与しないとしても、関連業界(エネルギー、商社、物流、金融など)の動向は巡り巡って自社のサプライチェーンやコスト構造にも影響します。
そのため、業界団体や企業間の意見交換の場を活用し、このプロジェクトが持つリスクや課題(メタン管理、金融規制、先住民社会との関係など)について積極的に情報共有を進め、より高い環境・社会基準を業界全体で追求する動きを支援・促進しておくことは重要ではないでしょうか。
たとえば
- LNG調達の環境基準に関する業界共通のガイドラインを作成・推進する
- 北極圏でのエネルギー開発に関する知見や最新技術(メタン漏洩防止、環境モニタリングなど)の共有を推進する
- 関連企業と共同で先住民コミュニティや環境NGOとの意見交換の場を設ける
などの取り組みは、自社単独では難しい業界レベルでのサステナビリティ向上への貢献を可能にします。
「距離が短い」という物理的メリットだけでなく、その背後にある規制動向やメタン管理の実態、そして金融市場の変化を踏まえた総合的な判断が求められる時代です。
次回のエネルギー調達や投資判断の場で、「距離」以上に「信頼」を得られるサステナブルな選択とは何か、社内で議論される際のご参考となりましたら幸いです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 これは直線距離です。一般的な海上ルート(横浜–アンカレッジ)では 4,504 nm となるようです。
*2 例えばOGMP2.0レベル3やMiQ認証
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。