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キユーピー株が上場来高値圏にあるとのニュースが流れてきました。
値上げ力と資本効率改善が評価されているのだとか。
資本効率改善とは、おそらくアヲハタの完全子会社化(親子上場の解消)を指しているのだと思いますが…… 私は、同社が最近発表した育児食からの撤退のことも同時に連想してしまいます。
(ご参考記事)
キユーピー、育児食から撤退 26年8月に生産停止(2025年6月12日、日経電子版)
このニュース、ちょうど同時期にキユーピー(を含む食品大手9社とイオン)が高齢者向けフレイル(虚弱)予防に力を入れるとの報道があったため、一連の動きを見て「あれ?キユーピーは子どもより高齢者重視なの?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
このような「世代の偏り」が消費者に与える心象の問題は、生活に欠かせない商品やサービスを提供する企業ならば多かれ少なかれ直面する課題です。
今回のブログではそんな「世代による取捨選択」になぜリスクがあるのか、そしてどうすればそのリスクを回避しつつ投資家の納得も得ることができるのかについて、ご一緒に考えてまいりましょう。
企業が特定の世代へのサービス提供を終了すると、消費者から「世代の選別をしている」と受け取られ、ブランドへの信頼が低下する可能性があります。
実際、このたびのキユーピーのベビーフード撤退に対してSNSでは「子育ての思い出が消える」「社会のインフラなのに」という声が広がったようです。
以下のような新聞記事もありました。
キユーピーが育児食(離乳食・幼児食)事業からの撤退を発表した。急速な少子化に加え生産コストの上昇により、収益を確保できなくなったためだ。突然の発表に商品を愛用している消費者からは不安の声が上がった。
(中略)
佐藤さんは「5カ月から食べられる離乳食を作っているメーカーは少なく、キユーピーは味の種類が豊富だった」と話す。ぱくぱく食べる姿を見てほかのキユーピー製の育児食を調べていた最中だっただけに動揺は大きい。「キユーピーの離乳食は人気なので、この先入手困難にならないか不安です」
(中略)
特に5〜7カ月ごろの離乳食の場合、アサヒグループ食品の和光堂やピジョンの商品はお湯で溶かすなど一手間が必要なものが大半。キユーピーのように外に持ち運びそのまま食べられる商品は少なく、頼りにしている消費者は多い。
現役でキユーピー製を利用している福岡市在住の20代女性は、報道が出たその日のうちに事業継続を訴えるオンライン署名を立ち上げた。約1週間で1万3千筆を超える署名を集めた。こども家庭庁にも事業継続のためにキユーピーを支援するよう訴えた。
出典:日経電子版2025年7月11日「キユーピー育児食撤退、値上げがとどめ 消費者は困惑」
このような声や動きは、同社のブランドの一貫性や連続性が損なわれていること、「自分たちが切り捨てられた」と消費者が感じていることを示すため、軽視すべきではないと感じます。
企業さまには今、資本効率の観点からの事業ポートフォリオ絞り込みが厳しく求められていることは、もちろん理解しております。
しかし同時に、こうした「世代偏重の印象」のような”長期的にはブランドの信頼を傷つけ、資本効率にも悪影響を及ぼす可能性がある”リスクは、可視化できていないために資本効率ありきの議論の中では抜け落ちてしまいがちであることにも、同時に気づいております。
では、こうしたリスクを避けるにはどうしたら良いのでしょうか。
私は、「ライフコースアプローチ」という考え方を取り入れることがこの問題解決に有効ではないかと考えています。
「ライフコースアプローチ」は厚生労働省の『健康日本21(第三次)』にも明記されている公的な視点で、
「胎児期から老齢期に至るまでの人の生涯を経時的に捉えた健康づくり」
と定義されており、乳幼児期だけでなく高齢期までを一続きの流れとして政策設計する“基本枠組み”になっています。
このような公的な考え方がなぜ企業にも応用可能かというと、企業が提供する商品やサービスもまた、人々の人生の様々なステージに関わっているからです。
特にキユーピーのような「生活インフラ」とも呼べる商品やサービスを提供する企業においては、乳幼児期、青年期、働き盛り、高齢期と、人生を通じて価値を提供し続けることに合理性があります。
政府が健康政策において世代を超えて一貫した取り組みを行っているように、企業経営においても同様に一貫した価値提供を行うことがブランドの持続性を高める重要な要素になるのです。
企業がライフコース視点を具体的に取り入れるためには、その成果を測るための新しい指標(KPI)が必要になります。
たとえば以下のような指標を使って、世代を超えた価値提供の状況を測定し、説明してみるのはいかがでしょうか。
ただし、こうした新しい指標を導入すると「資本効率が悪化するのでは?」と懸念する投資家が出てくることも予想されます。こうした投資家への説明では、次のポイントを押さえるとよいでしょう。
透明性の高い資本配分
ライフコースKPIを用いて、特定の低収益事業を継続する理由を明確に説明し、長期的なブランド価値維持というメリットを投資家に伝えます。
外部提携やOEM活用による資本効率の維持
収益性が低く公共性が高い事業については、OEMや外部資本との連携を活用し、企業の資本効率を保ちながらも社会的責任を果たすことを示すのも一案かもしれません。
社会的価値の定量化
社会的インパクトを明確に定量化し、統合報告書やIRコミュニケーションを通じて投資家に説明します。
世代の偏りによるブランドリスクを避けるためには、企業と生活者の間に丁寧なコミュニケーションが必要です。具体的な方法としては以下が考えられます。
速やかなFAQ公開
「なぜ育児食撤退なのに高齢者事業は強化するのか」など、消費者の疑問に対し、企業側の判断理由をわかりやすく、迅速に開示します。
ステークホルダー・パネルの設置
栄養士、子育て支援団体、高齢者団体など多様な生活者の代表を招き、定期的に対話する場を設け、企業の方針や取り組みを第三者視点で評価してもらいます。
第三者評価付きのインパクトレポート作成
ベビーフード撤退後の代替品の供給状況やフレイル予防の成果を定量的に示し、消費者と投資家の両方に対する説明責任を果たします。
これらの施策は企業の意思決定の透明性を高め、消費者からの信頼の維持・回復に貢献するのではと考えられます。
ブランド戦略を「世代ごと」にカットするのではなく、「人生のステージごと」に整えること。それが、生活インフラ企業には不可欠です。
公的資料にも根拠のある「ライフコースアプローチ」を取り入れて、事業ポートフォリオとKPI設計を見直すことで、世代を超えて選ばれ続ける存在になる—―このような視点が、皆さまの企業の議論の一助となれば幸いです。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。