サステナ開示をめぐる動向 / 開示基準等 / 開示媒体
この連載の前編では、キリンホールディングス(以下、キリンHD)の『環境報告書2025』が従来の環境報告書と一線を画し、ISSBやTCFDといった国際基準への対応や、財務・非財務情報の統合によって「統合型開示」を実現している点を確認しました。
後編となる本記事では、同報告書の残りの特徴に焦点を当てます。具体的には、自然資本を“見える化”するためのTNFDアプローチ、気候・自然・容器包装といった課題横断的な取り組みのつなぎ方、そして環境戦略を経営戦略や報酬・ガバナンスに組み込む実務の仕組みを見ていきます。
キリンHDは自然関連財務情報開示(TNFD)のフレームワークを先取りし、原材料調達の集中度などの指標を用いて事業の自然資本への「依存度」と「影響度」を可視化しました。その分析から優先的に対処すべき約10品目の主要農産物を特定し、2025年以降にLEAP手法で詳細なリスク評価を行う計画です。
報告書ではその一例として、スリランカの紅茶農園で生態系の現状やリスク要因を調査し、必要な対策を検討した取り組みが紹介されています。
このように定量データに基づき自然資本リスクを“見える化”し、優先課題を抽出している点は、今後企業がTNFD対応を進める上で参考になるでしょう。
キリンHDの環境経営には、気候変動や生物資源、水、容器包装といった複数の課題を横断的に繋ぐ視点が貫かれています。個別課題に縦割りで取り組むのではなく、相互に関連付けてシナジーを生む工夫が随所に見られます。その実例をいくつか見てみましょう。
このようにキリンHDは、環境課題を相互に関連付けて包括的に捉え、他社や異業種とも連携しながら解決策を講じています。
環境報告書の構成も、気候変動・資源循環・生物資源など各テーマごとの取組みを示しつつ、それらが全体として企業価値向上やリスク低減にどう繋がるかを示唆する内容となっている点は注目したいポイントです。
最後に、環境目標を企業の経営管理に組み込むための仕組みに注目します。
キリンHDでは、中期経営計画に環境KPIを織り込み、経営陣の評価や報酬と連動させることで実効性を高めています。実際、2022年からの中計では、役員報酬に非財務KPIの達成度合いを組み入れる制度を導入しました。2025年の目標としては、気候変動では2019年比28%のGHG排出削減、容器包装では「使い捨てプラスチック40%削減」という指標を設定し、これらを役員の業績連動報酬KPIとしています。重要な環境目標を経営陣のインセンティブに直直結させることで、組織全体での目標達成にコミットする姿勢を明確にしています。
ガバナンス体制も盤石です。社長直轄の「グループCSV委員会」を設置し、環境を含むサステナビリティ戦略や重要課題の進捗を年3回トップマネジメントが議論しています。キリンHDの会長・社長が共同委員長を務め、国内外の主要グループ会社社長や執行役員がメンバーとなる体制で、環境に関する方針・計画がグループ横断で共有・監督されています。
さらに、開示面での説明責任も徹底しています。環境データはESGデータブックに詳細な算定方法とともに掲載され、第三者保証も受けています。開示統括室の設置に象徴されるように、財務報告と同様に非財務情報も厳格にチェック・開示する姿勢が社内に根付いています。その成果の一例として、同社は環境情報開示の先進企業として金融庁「ESGファイナンス・アワード・ジャパン」の環境サステナブル企業部門で2019年、2020年、2024年、2025年と4回「金賞」を受賞しています。こうした評価も追い風に、環境と経営を結び付けた実効性の高い仕組みが一層強化されていると言えるでしょう。
キリンHD『環境報告書2025』からは、サステナビリティ報告が進化/深化する方向性を見て取ることができます。
国際基準の積極活用:
ISSBやTCFD、TNFDなど最新の基準を参照し、グローバルに通用する開示フレームワークを採用している。投資家にも伝わる統合的な情報開示が信頼性を高める。
非財務情報の価値創造ストーリー化:
環境など非財務の取組みを、企業の価値創造プロセスや中長期戦略と結び付けて伝えている。
自然関連リスクの定量評価:
気候変動対応に加え、自然資本(生物多様性・資源)のリスク評価にも着手。データや指標を用いて依存度・影響度を“見える化”することで、新たな課題に先手対応。
課題横断的なアプローチ:
個別テーマを統合的に捉え、相乗効果を狙った施策を設計。社内横断の議論体制や、場合によっては業界を超えた協働も。複数の課題を一石二鳥で解決する視点で、報告の説得力を高める。
経営への組み込みと説明責任:
環境KPIを経営目標や役員報酬に組み込み、ガバナンス体制で定期的にフォローすることで、絵に描いた餅に終わらない運用を可能に。また、データの信頼性確保(第三者保証やシステム整備)にも配慮し、開示の透明性を担保。
なかなか一足飛びに同じように…とはいかないかもしれませんが、「こういう方向に進化していくんだな」と考えながら読むだけでも、さまざまな学びやヒントが得られそうな報告書ですので、ご紹介させていただきました。
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それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。