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『環境報告書2025』は何が違う?キリンHDに学ぶ「統合型開示」のつくり方(前編)

サステナ開示をめぐる動向 / 開示基準等 / 開示媒体

2025年6月、キリンホールディングスさん(以下、キリンHD)が『環境報告書2025』を公開しました。従来の環境報告書とは一味違うその内容は、気候変動対策やESG情報開示の潮流が加速する中、本報告書は環境情報を財務価値と結び付けた「統合型開示」の好例であり、IRやサステナビリティの開示に携わっておられる担当者さまには大変参考になるものと存じます。

本シリーズ記事(前編・後編)では、キリンHDの報告書から統合開示のポイントを読み解き、貴社の開示業務にも活かせるヒントを探ります。

 

「環境報告」から「統合的価値開示」へ

キリンHDの『環境報告書2025』は、単なる環境データ集ではなく、事業戦略と一体化した価値創造ストーリーとして編集されています。キリングループはCSV(社会的価値と経済的価値の共創)を経営の根幹に据えており、その重点課題の一つに「環境」を位置付けています。報告書でも環境への取り組みが事業の特性や企業理念(パーパス)と結び付けて語られ、環境によるリスク・機会が企業価値にどう影響するかが示されています。

また、読者も株主・投資家から地域社会のステークホルダーまで幅広く想定されており、誰にとっても関心のある情報を網羅する構成です。従来の「環境報告」という枠を超え、環境課題を企業の価値創造プロセスの中で捉えた「統合的価値開示」へと進化している点が、本報告書の大きな特徴です。

ISSB準拠、TCFDの深化──フレームワーク対応をどう見るか

『環境報告書2025』では、最新の国際的フレームワークへの対応が随所に見られます。報告書の策定にあたって、GRIスタンダードやTCFD提言(2017年版および最新ガイダンス)、さらにはTNFD提言v1.0などが参照されています。そして、注目したいのは、ISSBが策定したIFRS S1・S2(一般的要求事項および気候関連開示基準)への準拠です。

本報告書ではこれらグローバル基準を積極的に取り入れ、「サステナビリティ開示の信頼性向上」というISSBの目的に賛同する形で、環境リスク・機会とそれへの戦略・活動・成果を短期・中期・長期軸で一貫して示しています。これは環境情報が企業価値へ与える影響を明確に伝えるもので、いわば統合報告的な視点が貫かれていると言えるでしょう。

TCFD対応も一段と深化しています。
キリンHDは2017年からTCFD提言に基づくシナリオ分析を継続しており、気候変動がもたらす農産物や水資源への影響の甚大さを早くから把握してきました。『環境報告書2025』では、その分析結果に基づき、2℃シナリオ・4℃シナリオそれぞれでの財務インパクトを試算し、気候リスクへのレジリエンス(耐性)を示しています。

たとえば、1.5℃目標(SBT)を達成することで2030年時点で約46億円のエネルギー費用削減効果が得られる一方、ネットゼロ未達の場合は2050年までに炭素プライシングによるコスト増が約157億円に上る可能性があるとしています。ここまで踏み込んだ財務定量開示は国内でも先進的であり、TCFD開示の「深化」を体現する事例と言えるでしょう。

さらに本報告書は、気候だけでなく自然資本(後述)へのリスク評価にも着手しており、TCFDに加えてTNFDの新潮流も先取りしています。

財務と非財務をどう繋げたか?開示側の「構造的仕掛け」

環境情報と財務情報を結び付けて開示するため、キリンHDは社内体制や仕組み面でも工夫を凝らしています。象徴的なのが、新設された「開示統括室」です。

グループ全体の財務・非財務情報の開示を統括する専門部署として、ISSBやサステナビリティ基準への継続的な準拠を支える役割を担います。環境に関する非財務情報については専任の担当者を配置し、適切な管理の下で基準に沿った開示を進めるとしています。財務と非財務を同じラインで統合的に扱う組織を用意した点は、まさに「開示側の構造的仕掛け」と言えるのではないでしょうか。

 

加えて、データ基盤の整備も進めています。報告書では、これまで推計に文献値を用いていたScope3(バリューチェーン排出)の算定方法を見直し、サプライヤーからの一次データ収集へ切り替える方針を打ち出しました。

社内外のデータを迅速かつ正確に集約できるシステム導入も検討しており、非財務情報の信頼性向上に向けた投資を行っています。こうした仕組みにより、環境KPIと経営指標の一体管理や、財務報告との連結が今後一層スムーズになることが期待されます。

 

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今回は、キリンHD『環境報告書2025』の統合型開示について、主にフレームワーク対応と情報開示の構造面から見てきました。

後編では、自然資本の可視化(TNFD対応)や複数の課題を“つなぐ”取り組み、さらに環境戦略と経営(報酬・ガバナンス)の連動について掘り下げます。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

 

 

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