これまでの連載では、日本企業が海外資本を“防衛の対象”から“戦略的活用の対象”へと意識を切り替える重要性、そしてそのために企業側が具体的に何を準備するべきかをお話ししてきました。
しかし、こうした備えがいくら進んでも、それがステークホルダーに伝わらなければ意味がありません。今回は最終回として、海外資本への備えや経営姿勢をどのように統合報告書やサステナビリティ報告書を通じて発信すればよいのか、具体的に考えてみます。
統合報告書は、単なる企業業績の説明書ではありません。それは投資家に対して「我々はどんな経営判断をし、どのように価値を生み出そうとしているのか」を伝えるツールです。だからこそ、この中で海外資本に対する企業の考え方を明示する意義があります。
たとえば、資本政策の章において、以下のようなメッセージを入れてみるのも一案と存じます。
当社は中長期的な成長を目指すために、必要に応じて国内外の外部資本との資本提携も検討しています。特に〇〇事業の競争力強化やグローバル市場での展開を加速するためには、海外企業との戦略的な資本提携も選択肢の一つです。
このような一文は、企業がただ防衛的に外資を拒むのではなく、積極的に自社価値を高めるために資本政策を活用する意志を投資家に伝える上で役立つものと考えます。
海外からの買収提案や出資打診があった場合の検討体制を明確にしておくことも、投資家の信頼を高めるためには重要です。
最近ではセブン&アイ・ホールディングスのように、「取締役会において独立社外取締役を中心とした特別委員会を設置し、慎重かつ公正に提案を検討する」といった基本方針を明記する企業が増えてきました。
たとえば、統合報告書の中で、次のように触れるのはいかがでしょうか。
当社では買収提案や資本提携の検討にあたり、独立性の高い特別委員会によるプロセスを設け、公平で透明な意思決定を行う体制を整備しています。
こうした記述があることで、投資家にとっては安心感が増し、海外資本からの提案があった際にも「適切に対処する企業である」との評価につながるでしょう。
自社に海外資本との協業経験がある場合、その事例を統合報告書でストーリーとして語ることも強力なメッセージになります。
必ずしも大規模な資本参加の事例でなくてもよく、「過去に海外企業との協業でグローバル市場への進出を成功させた事例」や、「投資家との対話をきっかけにガバナンス改革が進んだ経験」などでも十分と存じます。たとえば…
当社では、過去に海外企業との技術提携を通じて○○市場への参入を成功させた経験があります。この経験を活かし、今後も自社の成長に必要なリソースを海外資本との協力によって獲得することを戦略の一つとして位置づけています。
こうした過去の成功事例を語ることは、自社の経営姿勢に説得力が増し、ステークホルダーにも安心感を与えることにつながると考えます。
海外資本活用という選択肢が現実味を帯びてきたいま、「備える」ことも重要ですが、それと同時に「備えていることを発信する」ことも不可欠です。
投資家やステークホルダーは、資本提携そのものではなく、「企業がそれに備え、いざという時に適切に対応できるか」を見ています。だからこそ、統合報告書やサステナビリティ報告書で、自社がどのように備えているのかを丁寧に伝えることが、今後ますます求められてくるのではないでしょうか。
4回にわたる連載を通じてお伝えしてきたポイントが、皆さまの企業の次の統合報告書やサステナビリティ報告の充実のお役に立ちましたら幸いです。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。