本連載ではここまで、日本政府が公表した「海外資本活用ガイドブック」をもとに、企業がいまなぜ海外資本を“防ぐべきもの”から“活かすべきもの”へと再定義しなければならないのか、そしてそのために何を備えるべきかを整理してきました。
最終回となる今回は、2024年〜25年にかけて注目を集めたセブン&アイ・ホールディングスの買収提案案件を取り上げ、企業が実際に“海外からの提案”を受けた際にどう向き合うべきか、何を示すべきかを考えます。
(※この事例は政府のガイドブックに直接記載されたものではありませんが、ガイドブックで提示された実務視点を手がかりに、実際の企業対応を読み解いてみたいと思います)
カナダのクシュタール社(Alimentation Couche-Tard)からの買収提案が報じられたのは、2024年7月。当初は“敵対的買収か?”という論調が先行しましたが、両社間では秘密保持契約(NDA)を締結のうえ協議が進められました。
このとき、セブン&アイは即座に「拒絶」することなく、社外取締役を中心とする特別委員会を立ち上げ、提案の真意と内容を丁寧に精査したのです。実際に投資銀行や法律事務所の助言も得ながら、独占禁止法リスクや評価額の妥当性などを含めて複数回の議論が行われました。
ここは、「提案=拒絶すべきもの」とは捉えず、「自社の価値を守りながら、建設的に向き合う」姿勢を読み取ることができそうです。
その後セブン&アイは、提案が当社の企業価値を過小評価していること、米国事業の規制上の懸念が整理されていないことなどを理由に「受け入れは困難」との初期見解を表明しました。
ただし、ここでも重要だったのは「頭ごなしの拒絶」ではなく、「具体的な課題を指摘したうえで、再提案の余地を残す」という交渉の余白を持たせるスタンスです。
実際、特別委員会はクシュタール社に対し、「真摯な対話の姿勢」「地域と雇用への理解」「自社戦略との整合性」など、譲れないポイントを明確に伝え、対話の継続を求めました。
このように、自社が守るべき価値観(たとえば中核事業の維持や雇用の継続)を早い段階で明文化しておくことは、交渉の主導権を握るうえできわめて有効です。
今回の対応で注目されたもう一つの要素が、社外取締役比率の高さと、特別委員会の透明なプロセス設計です。これは、ガバナンス体制が信頼に足るものであることを社外に示す意味でも重要でした。
これらはいずれも、「いざというときに社外に向けて説得力のある説明ができるガバナンス体制」が構築されていたからこそ実現できたことです。つまり、提案の可否を分けたのは、提案の有無ではなく、それを受け止める体制の質だったとも言えそうです。
今回の件では、セブン&アイ側の対応が比較的丁寧だったこともあり、「強硬なアクティビスト対企業」という構図には発展しませんでした。しかし、背景には日本企業への“静かな失望”が広がっているという現実があります。
たとえば、
こうした状況が続けば、海外投資家は「日本企業とは対話ができない」と判断し、静かに資本を引き上げていくか、あるいはそれ以上に“強い手段”に出る可能性すらあります。
今回、政府が海外資本との協業を「戦略的活用」と位置づけた背景には、こうした国際投資環境の現実もありそうです。
最後に、今回のセブン&アイの事例から私が読み取った教訓を改めてまとめます。
「提案が来たら検討する」のではなく、「提案が来る前から、対話の素地を築いておく」ことが、これからの上場企業に求められる資本政策の在り方なのかもしれません。
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ここまでの3回を通じて、日本企業が海外資本に対して“使われる側”ではなく“使いこなす側”へと立ち位置を変えることの重要性を見てまいりました。
次回(最終回)では、企業価値を守り・育てる選択肢としての「資本」と、どう向き合うのか——統合報告書やサステナビリティレポートをその覚悟をにじませる場にするためには、何をどのように書けばいいのか?について考えていきたいと思います。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。