開示が義務付けられている「女性管理職比率」。この指標は、企業のダイバーシティや人的資本戦略を測るうえでの重要なものとされています。
ですが、その前提として語られる支援策――いまだに「育児支援」に偏っていないでしょうか?
もちろん、育児支援は重要です。
ですが、少子高齢化が進展する中、女性管理職層が長く働き続けるためには、そして女性のみならず男性が働き続ける上でも、企業従業員の大半が仕事をしながら介護もする「ビジネスケアラー」の問題を考えないわけにはいかない現実があります。
要介護認定を受ける人の割合は65〜74歳では約3%しかないが、75歳以上になると約23%に跳ね上がる。約580万人の団塊がこの年代に突入していくことで、20年に約655万人だった要介護認定者は30年に900万人程度まで増える見込みだ。
これは、日本企業の人手不足に一段と拍車をかけかねない大きな危機が目前に迫っていることを意味する。親の介護で仕事を続けられなくなる従業員が続出し、職場が機能不全に陥ってしまう「介護クライシス」である。
子世代の中心である団塊ジュニアはいま50〜53歳。多くの企業で管理職として責任を持ち、組織を引っ張る立場にある。親の介護と両立できずに業務が停滞したり離職を余儀なくされたりする人が続出すれば、組織は回らなくなる。
経済産業省の推計によると、仕事をしながら介護もするビジネスケアラーは20年時点で262万人だったが、30年には318万人に増える見込み。この推計は今後予想される女性管理職の増加や、高齢者の雇用促進を考慮していない。実際にはもっと上振れする可能性もありそうだ。
若年人口の減少で従業員の平均年齢が上昇していることも問題を深刻にする。ビジネスケアラーが多い45歳以上は、今や正社員の5割弱を占めているのだ。
出典:日経電子版『職場に迫る「介護クライシス」 両立支援を経営戦略に』(2024年4月12日 )
ところが、人的資本開示の多くはこの実態をほとんど反映できていません。
この「育児偏重」の背景には、ESG評価の多くが、いまだに介護支援を積極的に問うてこなかったとことも関係していたのではと私は考えております。
実際のところ、現在でも主要なESG評価機関が重点を置いているのは育児休暇制度や取得率、女性管理職の比率であり、介護に関する項目は一部の自由記述や補足情報にとどまってきました。
しかし、こうした状況には今、変化の兆しが現れています。評価機関・規制当局・投資家の間で、「介護・家族ケア支援」を明示的な評価項目へ格上げし、段階的に配点(重み)を引き上げる動きが始まっているのです。
今回のブログでは、その変化についてお伝えするとともに、企業に求められる対応について考えていきたいと思います。
たとえばMSCI ESG Ratingsでは、人的資本テーマの中でも「Parental Leave(育児休業)」が主な評価対象となっており、介護に関する指標は曖昧か、ほとんど問われていませんでした。SustainalyticsやISS、FTSEなどの他の主要機関も、評価票の大半が育児休暇や女性比率に集中しており、介護支援については自由記述や参考情報扱いにとどまっていたのが実態です。
この状況が、企業にとっても「育児に対応しておけば十分」とする判断を後押ししてきました。報告書上でも、介護に関する開示は育児関連情報の“ついで”や脚注にとどまっているケースが多く見られます。
ですが、こうした状況には今、少しずつ変化の兆しがみられるようになってきました。
こうした動きは、(従来はともかく)今後は、「育児だけに特化した開示」ではスコアが相対的に下がる可能性すら予感させます。
もちろん唯一の正解はありませんが、「潮目が変わりつつある」ことを踏まえると、たとえば下記の取り組みなどが検討に値するのではと存じます。
介護支援を「人的資本戦略の一環」として位置づけることは、ESGスコア向上だけでなく、従業員エンゲージメントの強化、採用競争力の確保、リスクマネジメントにも直結します。
今後のESG評価において、介護は「開示するか否か」ではなく、「どう支援し、どう成果を出しているかを測られるテーマ」へと変わっていきます。だからこそ、今から準備を進めることが、中長期的な企業価値の向上につながるものと考えます。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*2 出典:OECF「BEHIND ESG RATINGS Unpacking sustainability metrics」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。