サプライチェーン / 勉強用(初学者様向け) / 気候変動 / 脱炭素
「燃料のCO₂排出に数値基準がつく」
——そう聞いても、物流業界に直接関係しない方にとっては、ピンとこないかもしれません。
ですがこの新ルール、実は、製造業・小売業・化学・金融など、さまざまな業種に影響を及ぼす可能性があるのです。
本日のブログでは、2025年に採択されたIMO(国際海事機関)による新ルールと、それに基づく「強度(Intensity)」という考え方に注目しながら、今、なぜ全業界の担当者さまがこれに備えるべきなのかについてお伝えいたします。
IMOの新ルールでは、船舶が使用する燃料について、「GHG排出強度(g CO₂e/MJ)」という数値基準が設けられました。
この評価基準は、燃料を船で燃やした時だけでなく、燃料の採掘・製造から燃焼までの全工程(=Well-to-Wake)における温室効果ガス(GHG)の排出をカウントします。
これは、いわゆる「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の考え方そのもの。
燃料が「どう作られ、どう使われ、どう地球を温めるか」を、総合的に評価する時代が始まったのです。
【応用コラム】
排出強度という考え方自体は特に珍しくないのでは?すでに自社で開示をしているし…と思われるサステナビリティ担当者さまも多くおられることと存じます。ただ、企業単独で「自社の排出強度」を公表する場合と、IMOのような業界レベルで排出強度を“前面に押し出す”場合――両者には目的・効果・影響などに決定的な違いがありますので、今回のブログはこの点を強調する意図で書いております。
(例)
■目的
- 企業独自開示…投資家・顧客への説明責任(透明性)/自社の改善進捗トラック
- 業界レベル…業界全体の“最低ライン”を統一ルール化/フリーライダーを防ぎ、競争の土俵を公平に
■効果(強制力)
- 企業独自開示…任意開示(外部圧力はあるが罰則なし)
- 業界レベル…罰則・課金・格付けなど法的/経済的ペナルティを伴う
■効果(価格優位性)
- 企業独自開示…低強度でも「まだルール外」なら価格優位は小さい
- 業界レベル…低強度燃料・技術に直接の金銭インセンティブ(課金免除・報奨金など)
■影響(総量削減への影響)
- 企業独自開示…企業が活動量を増やせば排出総量が増える場合も
- 業界レベル…強度基準+課金で総量の頭打ちをうながす力が強い
「GHG排出強度(Carbon Intensity)」とは、1MJのエネルギーを使うと何グラムのCO₂が出るか? を示すもの。燃料ごとの“気候負荷の濃さ”を表す指標です。
・重油(HFO):約91.6 gCO₂e/MJ
・LNG(液化天然ガス):約83.8 gCO₂e/MJ
・グリーンアンモニア(再エネ由来):2.6 gCO₂e/MJ(←少ない!!)
①公平な比較ができるから
重油と水素、どっちが地球に優しい?──強度を見れば一目瞭然
②“つくる過程”も見えるから
燃焼だけでなく、製造・輸送での排出も含めることで、全体最適の視点に
③投資や技術革新を後押しするから
強度で競争が起これば、企業は排出の少ない燃料を選ぶようになると期待される
IMOの脱炭素戦略の進行は、以下のようなステップで動いています。
年 | IMOの動き | 意味 |
---|---|---|
2023 | 「GHG排出強度」の概念を導入 | 評価の方向性が明確に |
2025 | 具体的な数値基準と課金制度を採択 | 企業が実際に投資判断できる土台が整備される |
2028 | 新制度の本格運用スタート | 強度を満たさない燃料には課金が発生 |
2030・ 2040 |
ゼロエミッション燃料導入比率UP | 船舶燃料の大転換が進む (ClassNK試算によるゼロエミ燃料シェアは2030年:25% 、2040年: 72%とも) |
燃料やサプライチェーンをどう組み替えるか――その判断を企業が本気で迫られる“起点の年”。それが、今年=2025年なのです。
実はこの動き、海運業界だけに起きていることではありません。
自動車業界ではすでに、「燃費基準」が厳格化され、EVや低炭素燃料車への転換が進行中。
航空業界では、持続可能航空燃料(SAF)の「ライフサイクル排出削減率(強度)」が義務化され、10%以上削減しないと制度上の“燃料”として認められません。
つまり現在は、「自動車・航空業界に続いて」海運業界でも “燃料のものさし”が変わるフェーズに突入した、という状況になります。
自動車や航空業界で起きたことを踏まえると、IMOの新ルールは、海運ビジネスの前提を大きく書き換えることになると考えられます。
現象 | 具体例 |
---|---|
燃料の選び方が変わる | グリーンアンモニア、e-メタノール、水素などへの転換が進行 |
脱炭素「証明書」が登場 | CO₂削減証書付き物流の存在感が増す |
Scope 3対応型の物流提案 | IKEAやBMWが“CO₂排出の少ない海運会社”を選定 |
航路の見直し | 北極航路(CO₂排出量が短縮)への関心も高まる |
港湾・バンカリングの再構築 | 低炭素燃料対応の港が新たな競争軸に |
IMOの動きは、製造業、小売業、化学、金融などあらゆる業界に波及します。
代表的な影響と、それに備えるためのポイントとしては、下記のような内容が考えられます。
・物流業者を「強度」で評価
・自社の物流排出量を“見える化”する体制を整備
・CO₂削減証明書を使った商品・ブランドの差別化戦略
・投資家・消費者への訴求に活用
・燃料価格や運賃の変動リスクを踏まえた長期契約・価格設計
・コスト・GHG両立のバランス戦略を
IMOの新ルールは、燃料の選び方だけでなく、物流の選び方、サプライヤーの選び方までも変えていきます。
これは単なる“海運の話”ではありません。
Scope 3を持つすべての企業にとっての新しい判断基準が、いよいよ本格運用されようとしているのです。
今、それに気づくことができる企業さま(荷主・海運・調達部門を問わず)が、次の脱炭素競争の一歩先を行く——そのように言えるのではないでしょうか。
ーーー
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
参考資料:
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。