IRとサステナビリティ、双方の視点をよくご存知の皆さまにとっては、「サプライチェーン」に関する記述は最近、お悩みの種となっているかもしれません。
なぜなら、サプライチェーンマネジメントは、企業価値創造に不可欠な「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」短縮の鍵である一方、(主に)サステナビリティの文脈では公正な取引慣行(特に下請法・独占禁止法対応)に対する見方が一層厳しくなっており、両者のバランスをとることがこれまで以上に難しくなってきているからです。
2025年に入り、公正取引委員会による下請企業からの価格転嫁要請への監視が格段に厳しくなっています。具体的には、発注側が価格交渉を拒否したり一方的に価格据え置きをする行為が、「優越的地位の濫用」として独禁法違反に問われるリスクが高まっているのです*1。
実際、2022年末にはデンソーや豊田自動織機など大手企業が「価格転嫁交渉不足」で公取委から名指し公表されました。デンソーはその後、総調達額の10%に相当する約1,500億円規模の価格転嫁を迅速に実施し、対応策を強化しています。
このような現在の環境下では、サステナビリティレポートにおいて、そして統合報告書においても、自社がどのように公正で透明な価格交渉を行い、下請企業との良好な関係を維持しているかを明確に説明する必要性が高まっていると言えるでしょう。
一方、投資家の視点から見ると、企業が効率的にキャッシュを生み出しているかを示すCCCの改善が引き続き重要視されています。CCCが短ければ短いほど、企業は運転資本を圧縮し、少ない資金で事業を運営でき、価値を創出する活動への投資も可能となるためえです。
CCC改善の代表的な手法は、「支払サイトの延長」「在庫の圧縮」「売掛金の早期回収」などがあります。この中で「支払サイトの延長」は短期的に企業にとってメリットが大きい一方、行き過ぎると下請企業の資金繰りを悪化させるため、バランス感覚が不可欠です。
では、この矛盾をどう解決すればよいのでしょうか?
重要なのは、統合報告書においてCCC改善策を示す際、「財務効率の改善だけでなく、サプライヤーとの共存共栄を目指していること」を明示することであると私は考えております。
たとえば、CCC短縮施策として在庫管理の効率化を行いつつも、支払期間延長については慎重な姿勢を取り、協力会社の資金繰りに配慮した取り組みを行っていることを示すのはいかがでしょうか。
また、具体的な数値(「協力会社からの価格交渉◯件中すべてに応じて適切に対応した」など)や具体的な施策(例えばパートナーシップ構築宣言の署名、調達方針説明会の実施)を記載すると、説得力がさらに高まるでしょう。
「投資家相手なのだから、CCCの説明だけすればよいのではないか」と考えるのは、早計です。
投資家は、短期的なキャッシュ創出能力とともに、長期的な成長性と企業の持続可能性を重視しています。
そのため、「CCCと公正取引の両立」の記載は、単なるコンプライアンスの範疇を超え、企業が長期的に安定した成長を実現するための重要なメッセージになるのです。
統合報告書では、上記のような運転資本管理の施策を通じていかにキャッシュ創出と事業成長を両立させているかを説明することが求められます。投資家に対しては、単に「支払サイトを〇日延ばした」という報告では不十分で、その裏でサプライチェーンに与える影響をどうコントロールしているかまで含めて情報提供することが望ましいでしょう。
たとえば、「当社は在庫圧縮や債権回収の効率化を中心にCCC短縮に取り組む一方、仕入債務の管理においては協力会社の資金繰りに配慮したバランスを維持しています」といった記載で、財務戦略とサステナビリティ(ステークホルダー配慮)の両面を意識していることを示します。
数値面では、CCCの年次改善状況や業界平均との比較を図表で示したり、具体的な運転資本削減額を記載することが考えられます(例:「前年より運転資本を▲○億円圧縮し、営業キャッシュフローを△%改善」など)。こうした記述は、企業価値向上と規範遵守のバランス経営を示すことを可能にします。
ISSBのIFRS S1「一般的要求事項」(2023年策定)でも、サステナビリティ関連リスク・機会の開示においてバリューチェーン全体への影響を示すことが求められています。
自社単体の取り組みだけでなく、供給網(サプライチェーン)も含めた価値連鎖の中でどこにどんなリスク・課題が集中しているのか、そしてそれに企業がどう対処しているのかの開示が求められる中、「調達先への支払条件見直しによる潜在的リスク(下請の倒産リスクやレピュテーションリスク)とその低減策」もサステナビリティ関連情報として報告すべき事項になりつつあります。ISSB基準では企業のサプライチェーンにおける人権・環境リスクにも言及されていますが、価格転嫁や支払条件といった取引公正性も「企業のビジネスモデルのレジリエンス」に関わる重要テーマとして統合的に捉えられています。
さらに、日本の経済産業省「価値協創ガイダンス2.0」(2022年改訂)でも、ガイダンス本文で「バリューチェーン全体」「取引先との関係性」を開示すべきと提言しています。また、各国で取引適正化や人権尊重の要求が高まる中における外部環境・ルール変化、サプライチェーンリスクに備えた経営対応の重要性が明記されており、投資家との対話でこれらを説明すべきと説明しています。
このように、ガイドラインや基準は「サプライチェーン全体を視野に入れた持続可能な経営情報の開示」を促しており、企業は統合報告書でキャッシュフロー改善策と取引先との共存共栄の姿勢を両立して伝えることを求めるようになりつつあります。
今年度の統合報告書やサステナビリティレポートでは、サプライチェーンに関する記述をアップデートすることで、投資家をはじめとするステークホルダーからの評価をさらに高めることを目指されてはいかがでしょうか。
その過程でお困りのことがあれば、お気軽に当社へご相談ください。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 2025年5月16日には独占禁止法に関連する「下請代金支払遅延等防止法」の改正が成立し、発注者が一方的に取引価格を据え置く(コスト上昇分の協議を拒否・説明不足のまま価格を据え置く)行為が禁止されました。また、親事業者が下請企業からの価格交渉に応じないことは優越的地位の濫用と見なされ得るとの立場が明確化され、公正取引委員会(公取委)は該当企業への調査・注意喚起を強めています。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。