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日鉄のUSスチール買収案件を「資本市場と上手に付き合うコツ」の観点から考えてみました

ステークホルダー / 価値創造ストーリー / 統合報告書

今週末の経済ニュースは、日本製鉄さん(以下、敬称略で「日鉄」)によるUSスチール買収計画の報道がアツかったですね!

 

<日経電子版の参考記事>

 

このブログ記事を書いている時点では、トランプ米大統領が日鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画を承認する意向を示したことが報じられているという段階で、正式な承認ではなく、また、買収スキームの詳細も明らかになってはいないという段階ではありますが…

 

この案件、実は、

“日本企業による海外M&Aの新たな成功事例”というだけでなく、

「資本市場との付き合い方」という側面からみても重要な示唆を与えてくれているように思います。

本日のブログでは、この点についてお話いたします。

 

ここがうまかった!日鉄の資本市場との「付き合い方」

①買収価格の妥当性を丁寧に説明

日鉄がUSスチールの株式取得に提示した約2兆円という金額に対し、株式市場は当初、「高すぎる」と判断し、日鉄の株価は一時的に下落しました*1

しかし、日鉄はあきらめることなく、資本市場への誠実な説明に努めました。買収価格については、日鉄が説明会で示した EV/EBITDA 約 7 倍という指標や、ブルームバーグ(2024 年 12 月 22 日)・日本経済新聞(2025 年 1 月 5 日)など複数のアナリストレポートで「利益対比では妥当」との評価が報じられ、市場でも“割高”との見方は次第に後退しました。

②「資本コストを意識した経営」を訴求

今回の買収は、日鉄の「中期経営計画2024」で最重点課題に掲げた「資本コスト*2を上回るROE・ROICの実現」に則った経営判断であると考えられます。

背景として押さえておきたいのは、2023年3月に東京証券取引所が公表した『資本コストや株価を意識した経営の実践に向けた対応』要請です。

PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る上場企業が約5割を占める中、素材・鉄鋼セクターは特に低PBRが常態化しており、日本製鉄も長年1倍割れが続いていました。こうした中、東証からの要請と機関投資家の圧力は、『資本効率の改善』を日鉄にとっての最優先課題に押し上げたと考えられます。

こうした中、今回のUSスチール買収は、米国という成長市場で収益基盤を拡大し、資本効率を加速的に高める戦略と映りました。なお、日鉄が買収を決める際に、投資額に見合うだけの収益力があるかどうかを厳しく検討したことも伝わりました*3

③株主利益の尊重姿勢を崩さず

買収資金の調達方法(負債と自己資本のバランス)は市場の大きな関心事でした。

ブルームバーグによると、投資家は「約 2 兆円という巨額負債の増加が信用格付けの引き下げを招き、将来的に増資(=1株利益の希薄化)が避けられないのでは」と警戒していました*4

この点について、日鉄側は「仮に増資するとしても(株式の希薄化率は)EPS(1株当たりの利益)成長率の範囲内にとどめる」との考えを示しました。新株を発行する場合、発行済み株式数が増え、EPSは低下する。日鉄はEPSの希薄化を利益の増加で補うとの考えです*5

さらに、買収後も年間配当 160 円を維持する方針を示し(2024/11/7 決算説明会)、業績動向を見極めつつも「継続的に高水準の株主還元を実現すべく」配当を維持する計画を提示しています。

こうした具体的な説明が投資家不安の緩和につながり、市場が買収を評価する土台になったと考えられます。

 

まとめ

日鉄によるUSスチール買収のケースから学べる最大のポイントは、「資本市場とのコミュニケーションにおいては誠実で具体的な説明こそが、投資家の信頼と市場の理解を得る鍵である」ということではないでしょうか。

 

今回のケースでは、

  • 買収価格の妥当性を示すために、客観的な指標や第三者の評価を提示し、市場の懸念を払拭する
  • 「資本コストを上回る収益」という資本市場の最大関心事に対し、経営として明確なコミットメントを示す
  • 株主の関心が高い財務面の不安(希薄化や格下げリスク)に対しても、現実的で具体的な対策を伝える

などが資本市場からの信頼を得る鍵となったと考えられます。

 

資本市場とのより良い関係づくりは、どの企業にとっても試行錯誤の連続かもしれません。ぜひ今回の日鉄の取り組みを一つの参考として、皆さまが日々取り組まれているIRやサステナビリティ活動をさらに一歩前進させるきっかけとしていただければ幸いです。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 提示額は直前株価(2023年12月時点の約39.5ドル)に約40%のプレミアムを上乗せした水準であり、過去6か月平均株価(約24ドル)から見ると倍以上(100%以上)の高値でした。この発表を受けて翌12月19日の日本製鉄株価は一時6%以上急落し、市場からは「買収価格が高い」「業績悪化が懸念される」とネガティブな評価を受けました。

*2 資本コストとは、投資家が企業に期待する最低限のリターンのことで、これを超える利益を出すことが企業に求められています。

*3 例:2023年12月18日の買収発表記者会見で橋本英二社長が「当社の資本コストを十分に上回るROICが見込める」と発言しています。また、2024年2月6日公表の2023年度第3四半期決算説明会資料〈p.17〉でも「USスチール事業の統合により早期に投資回収が可能」と説明されています。

*4 ブルームバーグ「大型買収で日本製鉄の株価軟調、割安株脱却への厳しい道のりを示唆」(2023年12月21日 )

*5 出典:日経電子版「日本製鉄、増資3000億円必要との試算も 買収で負債拡大」(2024年3月5日)

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