2025年5月、アクティビストファンドのオアシスマネジメントが京セラに対して株主提案を公表しました。
その資料のp.38は、こんな内容になっていました。
「京セラの従業員・元従業員でさえ、多角化方針を疑問視している」
──これは、「OpenWork 」などの口コミサイトを出典として、経営戦略への不安を指摘したものであり、
いまや「社外の評価」だけでなく、「社内の声」さえも投資家は分析対象にしていることを明確に示したものでした。
このような時代の到来を、人的資本開示を担当されるサステナビリティ担当者さまとして、どのように受け止めればよいのでしょうか。
OpenWork のようなサイトに寄せられる社員・元社員のクチコミは、かつては参考情報に過ぎませんでした。しかし今や、アクティビストを含む投資家が「人的資本経営の実態を知るためのリアルなデータ」として使い始めています。
こうした情報はSNS同様にリアルタイムで世界中に共有されます。
これは、企業が単に「エンゲージメントを重視しています」と語るだけでは、説得力を持たなくなっていることを示しています。
企業にとって社外のプラットフォームに投稿された「社員の声」は、厳しい評価が含まれることもあるでしょう。ですが、こうした声を無視すること、ましてや、投稿自体を禁止しようとしたりすることは得策ではありません。そうした行動は、むしろ社員の不信感を高め、企業イメージを傷つける恐れがあります。
こうした口コミサイトに対しては、むしろ開かれた姿勢で捉え、建設的に活用することが、現代の人的資本経営においては信頼性を高める鍵となります。
そんなことは机上の空論だろう——と思われるかもしれませんが、プライム上場企業の中には、実際にこうした外部クチコミデータを人的資本開示に取り入れ始めている企業があります。
その1社が、味の素(※敬称略)です。
味の素は、プレゼンテーション資料「2024年3月期業績予想および企業価値向上に向けた取組み」(2023年11月6日)および ASVレポート(統合報告書)2024 の中で、OpenWorkの8項目スコア、特に20代の「成長環境スコア」を経年比較で掲載しています。そしてスコアの変化をもとに「若手キャリア開発」という課題を明示し、実際の改善施策に取り組んでいます。
味の素のように外部クチコミを活用することは、投資家は社員の声がどのように経営課題とリンクし、どんな改善活動が行われているかを具体的に確認できます。これは「社員の声を経営戦略と結びつけている」という信頼性を投資家に与える重要なポイントになります。
こうした先進事例を踏まえ、サステナビリティご担当者・IRや人的資本開示のご担当者様が今すぐ取り組むことができる具体的なステップとして、以下をおすすめいたします。
1.クチコミ収集:OpenWorkなど外部サイトの定点観測を始める
2.社内データとの比較分析:社員エンゲージメントサーベイと比較し、ギャップを把握する
3.具体的な改善策を策定:「声」に基づいて特定した課題への改善活動を明示的に開示する
人的資本開示の次なるステージは、リアルな「声」を経営とどうつなぐかにあります。
数字やストーリーと合わせて現場のリアルな声をどう位置づけるか。それがこれからのレポートにおける信頼性を左右するのであり、その傾向はすでに、味の素など先進企業の実践に現れています。
外部の「社員の声」は今や、単なる風評ではなく、投資家の分析対象です。
人的資本開示にたずさわる企業ご担当者様には、それらをネガティブ情報と捉えるのではなく、対話の入り口・改善のヒントとして活用する姿勢が求められるのではないでしょうか。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。