2025年5月15日、アクティビスト投資家であるオアシスマネジメントが、京セラ向けの提言『より「強い」京セラ」(A Better Kyocera)』を発表しました。
オアシスマネジメントと言えば、2024年に発表された花王への提言『より強い花王(A Better Kao)』がすでに有名ですが、この2つの提言は「企業価値の阻害要因を定量的に突き、具体的な改善案を提示している点」が共通しており、とても示唆に富むものとなっています。
今回のブログでは、このアクティビスト視点を企業様のIRや統合報告書にどう応用できるかについて、解説いたします。
京セラに対しては「事業の“過度な多角化”」、花王に対しては「国内依存・マーケ投資不足(→“成長アレルギー”)」といった形で、企業価値の阻害要因を数値データをもとに明示しています。
IR担当者様への示唆:
自社の価値阻害要因を定量データ付きで説明し、解決ストーリーを示そう
京セラでは「非中核事業・政策保有株がROEを圧迫」「研究開発投資のリターン不明」、花王では「デジタル販促・流通が統一されず海外機会を逸失」──いずれも“やらなかったこと”に注目しています。
IR担当者様への示唆:
ROICやCCCなど、投下資本に対する成果指標を一貫して開示し、「ちゃんと見ている」ことを伝えよう
京セラにはノンコア撤退・自社株買い1兆円などから成る「7つの戦略提言」、花王にはグローバル展開・ブランド集中・マーケ強化・ガバナンス改善という「4つの改革」が提案されています。
IR担当者様への示唆:
“やらないこと”や“資本配分”を含む、具体策+数値目標を語ろう
京セラでは取締役任期短縮、花王ではマーケ/ブランド経験を持つ社外取締役の招聘が提言されています。いずれも「ガバナンス≠形式」ではなく、「ガバナンス=経営責任と成果」の視点です。。
IR担当者様への示唆:
ボード構成や任期も、企業価値向上と連動する形で設計・説明しよう
アクティビスト=株主還元というイメージがありますが、オアシスは柔軟です*1。京セラにはPBR0.6倍という低水準でも自社株買いを提案し、花王には「成長投資+株主還元のバランス」が不可欠としています。
IR担当者様への示唆:
“株主還元vs成長投資”を対立軸にせず、資金源と使途の優先順位を開示しよう
以上のポイントを踏まえると、IRや統合報告書における改善点がより明確になります。
「持続的成長」「グローバルトップ」などが、具体的な売上や利益目標とセットで示されていないと、投資家は疑念を抱きます。時系列の数値やROIC推移を用いて説得力を高めましょう。
京セラ:政策保有株や不採算事業の見直し不足。花王:国内依存・マーケ不足。どちらも「資本をどう使うか」に明確な方針が欠けていました。具体的なコア/ノンコアの基準、資本配分の優先順位や再配分先を明示することが、投資家の理解と信頼を深めます。
花王への提言で象徴的だったのは、ブランド・販促強化が最終的に利益やROEへどうつながるかを図示していた点です。IR資料でもこの“ブリッジ”を意識した表現が有効でしょう。
取締役構成変更の意図、スキルマトリクスの再編と業績との関係など、施策とKPIのつながりを図解できると良いでしょう。
「成長したい」「資本効率を高めたい」という気持ちだけでは、投資家を説得できません。具体的な数字や施策を明示し、責任を持ったコミットメントとして伝えることが重要です。
実現に向けた課題も多々あるかとは存じますが、私たちはそのような課題をお話しいただき、ご一緒に考えるところから統合報告書の制作をお手伝いしております。
御社のIRや統合報告書をアクティビスト視点を取り入れて点検し、具体性を高めて投資家に響くコミュニケーションを目指す上で、お手伝いが必要であればお気軽にお声かけください。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 アクティビストといえば株主還元への要求が真っ先に思い浮かびますが、しまむらへのMAMFの株主提案が否決されたことからもわかる通り、これは成長企業に対しては必ずしも良い選択肢ではありません。
ご参考記事その1:
大幅高のきっかけは16日に開催された定時株主総会だ。マネックス系投資ファンドのマネックス・アクティビスト・マザーファンド(MAMF)が提出した株主提案が反対多数で否決された。MAMFがしまむらに株主提案したのは昨年に続き2回目で、ともに否決された。
(中略)
楽天証券経済研究所の窪田真之チーフ・ストラテジストは「成長企業に対して純利益のほとんどを還元に回せというのはやりすぎだ。中長期的な成長を期待するしまむらの株主から嫌気されていたのではないか」と指摘する。
出典:日経電子版「しまむら株25年ぶり最高値 株主提案否決、堅調業績で見直し買いも」(2025年5月16日)
ご参考記事その2:
コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の適用が開始されてから6月で10年がたつ。株主重視の経営がすすみ株主還元が急激に伸びた一方、賃金や設備投資の伸びは限られる。物価高などで従業員など多くのステークホルダー(利害関係者)は十分な恩恵を受けられているとは言いがたい。短期の成果を追うだけでなく、中長期的な成長につながるような富の分配をどう実現するかも問われている。
出典:日経電子版「企業統治改革10年、問われる富の分配 株主還元に偏る」(2025年5月16日)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。