企業の統合報告書制作ご担当者さまとお話ししていると、こんなお声をいただくことがあります。
「ガバナンスページは、どこまで書けばいいのか――」
「経営戦略とは別物として、後半の“ガバナンス章”だけを埋めている感覚で…」
——統合報告書の制作をお手伝いしている者として、その感覚、よくわかります。
アニュアルレポートの流れをくむ形で発展してきた統合報告書は、冊子の前半が「価値創造ストーリー」、後半が「ガバナンスやサステナビリティ」──という構造で整理されることが一般的でした。
今もなお、その形で制作されている企業さまは少なくありません。
ですが、このような“分業的”構成では伝えきれない時代が、いよいよやってきました。
2025年4月30日、経済産業省が公表した「稼ぐ力を強化する取締役会5原則」(「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 取りまとめ に掲載されています)は、統合報告書の作り方においてもひとつの転機を示しています。
この5原則では、取締役会に対して次のような姿勢が明確に求められています。
つまり、ガバナンスとは「価値創造のあとに説明する仕組み」ではなく、
「価値創造を成立させるための仕掛け」として再定義されたのです。
この変化が意味するもの──それは、
統合報告書において「前半=企業価値創造の説明」と「後半=企業基盤(ガバナンス・資本政策など)」とが、論理的に接続されている必要があるということです。
たとえば、
「稼ぐ力を強化する取締役会5原則」は、こうした“前半と後半の地続き感”が求められることを、まさに明記したとも言えるでしょう。
ここで改めて問いたいのが、「ガバナンスの実効性をどう語るか」というテーマです。
これまでのように「独立社外取締役が◯人」「指名委員会を設置」といった制度の開示だけでは、読み手(特に投資家)には響きにくくなっています。
代わって、今求められているのは次のような“接続された”説明です。
これらはすべて、「前半:戦略」と「後半:ガバナンス」が切れていないことを示す材料になります。
つまり、統合報告書の読者(とりわけ投資家)にとって重要なのは、「章立て」ではなく、「全体を通じた一貫性」なのです。
その一貫性を支えるのが、
経営陣が描くビジョンと、
取締役会を中心としたガバナンス体制とが、
どう連動して“経済的価値”と“社会的価値”の両立を実現しているか、
という“統合の設計”そのものだと言えるでしょう。
たとえば、「企業事例集」に掲載されている以下のような先進事例が参考になるかもしれません。
キリンHDでは、長期ビジョンと中期経営計画に基づき、企業価値向上に不可欠なスキルを定義。取締役・監査役・執行役員に求められるスキルマトリックスを策定・開示しています。CSV経営、DX推進、サステナビリティ、グローバル展開といった重点戦略に対応するスキルを明示し、戦略遂行に対する監督と支援の両立を図っています。
丸井グループでは、PBRやROEといった市場評価を踏まえた経営戦略を検討するため、戦略検討委員会を設置。投資家出身の社外取締役を委員長とし、人的資本投資の配分や資本コストに基づく事業ポートフォリオ見直しなど、執行側との月次対話を継続しています。戦略が取締役会に“接続”され、実効性と透明性を高める仕組みが構築されています。
とはいえ、上述のような事例は、まだ“先進的”な企業の取り組みです。
“取り組みがなければ開示もしづらい”
という声があるのも当然です。ですが、そうした中でも、
そんな「接続点」を見つけることから、実効性の語りは始まります。
私たちは、統合報告書やガバナンス開示の設計を通じて、こうした「つながり」の見える化をご支援しています。
必要な際は、いつでもご相談ください。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 「原則1(価値創造ストーリーの構築) 自社の競争優位性を伴った価値創造ストーリーを構築する。」
*2 「原則2(経営陣による適切なリスクテイクの後押し) 経営陣が、価値創造ストーリーの実現に向け、事業ポートフォリオの組替えや成長投資等、適切なリスクテイクを行うよう、後押しする。」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。