企業が人権を尊重する責任を果たすこと(「ビジネスと人権*1」)への取り組みは、いまや法的にも社会的にも当然の前提となっています。
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」をはじめ、各種ガイドラインや開示ルールにおいても企業のコミットメントの明示が必要とされ、ESG評価においても重視されるようになってきました。
こうした中、企業様には、単に「人権を大切にします」などの方針や考え方だけでは足りず、「責任を引き受けること」——すなわち、コミットが求められているのですが…
そのコミット、本当に伝わっていますか? … というのが本日のブログのテーマです。
企業がそのコミットメントを語るとき、「何をするのか」と同じくらい重要なのが、「どう語るのか」です。
たとえば、国際人権規範を尊重することについて、次のような表現の選び方があるのですが…これらを「自覚なし」に使うと失敗してしまうことがあるのです。
これらの言葉は一見似ているようですが、発言の“強度”と“責任の重み”は明確に異なります。
たとえば、「尊重することを表明しています」と書くと、それはあくまで“考えを述べただけ”になります。
ですから、ESG評価者や投資家からは「実行する意志や体制があるのか?」と疑問を持たれる可能性もある表現と言えます。
逆に「約束しています」「コミットしています」といった表現は、実行を前提とした明確な姿勢として受け止められます。
ざっくりとした違いを図にすると、こんな感じです ↓↓
表現 | 意味合い | 責任の重み |
表明する | 意思を述べる(慎重) | ★★☆☆☆ |
宣言する | 方針を打ち出す(公的) | ★★★☆☆ |
コミットする | 実行を前提とした誓約 | ★★★★☆ |
約束する | 道義的・倫理的責任の明示 | ★★★★☆ |
責任の重みだけでなく、「場面」でも、適切な表現は異なります。
ESG開示(サステナビリティレポート等)の英語版では、“commitment”や “we are committed to” という表現がよく使われます。
これは国際的には「責任ある実行の誓約」として理解される強い表現です。
ところが、これを日本語に訳すときに「表明しています」としてしまうと、強度がトーンダウンし、“気持ちだけ”に見えてしまうことがあります。
❌ We are committed to respecting international human rights.
→ 「人権を尊重する姿勢を表明しています」
→ 読者:「で、実行はするの?」となる可能性
逆に、日本語原文が「表明」であった場合に、英訳で “committed to” と訳してしまうと、“気持ち”しか言っていない内容を、誓約として伝えてしまうという過大訳になってしまいます。
したがって、英語と日本語の“トーンの整合性”を慎重に保つことが不可欠です。
企業が人権尊重を語るとき、その言葉の選び方ひとつで、誤解も信頼も生まれます。
いまいちど、自社のサステナビリティ文書の中で、そのコミットメントがうっかり表明”になっていないか、確認してみませんか?
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
2016年、上皇陛下(当時の天皇陛下)は、ビデオメッセージという形で「象徴としてのお務め」について「お気持ちを表明」されました。
直接「退位したい」とは一言もおっしゃらず、制度には触れずに意志をにじませる、非常に繊細な言葉の選びでした。
この「表明」という表現は、「弱いから」使われたのではなく、強く言えない場面で、最大限に意志を伝えるために選ばれた言葉でした。
このエピソードとともに覚えていただきたいのは、「表明」は(ESG評価上はコミットが弱いとみられるとしても) 弱い表現ではなく、慎重さと誠意を込めて使われる言葉であるということです。
*1 参考:『今企業に求められる「ビジネスと人権」 への対応 詳細版』 「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書 法務省人権擁護局 公益財団法人人権教育啓発推進センター
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。