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「まだ利益が出ていない投資」をどう語る?──富士フイルムの先見性とバイオ薬拠点から学ぶ、IRと統合報告のストーリーテリング

ナラティブ / 価値創造ストーリー / 統合報告書

統合報告書やIR資料を制作する中で、しばしば担当者様を悩ませるのが「まだ利益貢献していない投資案件」の語り方ではないでしょうか。

 

稼働前の新拠点、大規模な設備投資、戦略的な先行費用——それらは未来への布石であるから、価値創造の文脈ではぜひ語りたい。しかし、“具体的な成果(利益)が見えていない”という状況の中、何をどこまで、どうやって語ればいいのか——。

そんなお悩みをお持ちの統合報告書制作担当者さまのご参考になればと、本日のブログ記事を企画しました。

 

今回の題材は、下記日経電子版記事です ↓↓

 

富士フイルム、米でバイオ薬生産4200億円受注 トランプ関税を商機に
(2025年4月22日、日経電子版)

 

富士フイルムホールディングス株式会社様(以下、敬称略)が米国ノースカロライナ州に建設しているバイオ医薬品の受託製造拠点(CDMO)に関するこの記事と、同社が最新の統合報告書(2024)で語っておられる内容を通じて、まだ利益が出ていない投資をどのように前向きにストーリー化し、IRや統合報告書で語っていけるのかを考えてみたいと思います。

 

「未契約」の設備について、どのように語ればよいのか

統合報告書の本質は、過去の実績を語ることではなく、未来の価値創造力を示すことにあります。

ですから、たとえ現時点で利益が出ていなくても、「どのような文脈で」「どんな戦略意図で」投資されたのかを開示することは、企業に対する信頼を築く第一歩となります。

特に、資本コストを重視する投資家に対しては、

- 企業が中長期の視点でどのような成長機会を見込んでいるか
- その実現に向けた課題や不確実性をどのように捉えているか

を丁寧に語ることが重要です。

 

ただし、語り方に注意が必要なものもあります。
それは、未契約の設備です。

これは開示の仕方によっては「需要不足」や「計画未達」の懸念を呼び起こす可能性もあるため、慎重な取り扱いが求められます。

開示する場合は、たとえば「未契約分を活用した柔軟な対応力の確保」「将来の需要獲得に向けた予備的投資」といった形で位置づけを明確にし、合わせてその背景となる市場環境やリスク対応方針を説明するとよいでしょう。

重要なのは「未契約」の状態を、単なる“空き”としてではなく、戦略的な“成長余地”と捉えていると示すことです。設備余力を持つことで、今後の需要変化や追加受注への柔軟な対応が可能になるからです。

可能な場合は『一定の未使用キャパシティを保有することで、短期間での対応力を確保』『特定の顧客との交渉中であることを可能な範囲で補足』するなどの、事実ベースと戦略意図を併記する工夫が有効です。

 

富士フイルムの事例に見る、「成果前の投資」の語り方

富士フイルムは、バイオ医薬品の米国内需要の拡大と地政学リスクへの対応を見越して、ノースカロライナに大型拠点を整備しています。

特筆すべきは、こうした動きを他社に先駆けて実行している点です。実際、北米最大規模の細胞培養製造施設を一から建設するというプロジェクトにおいて、既に複数の重要顧客から受注の確約を得ていると報告されています。

 

この点、同社の統合報告書(2024年版)の「特集 : バイオCDMO事業の軌跡と展望」では、このCDMO投資を「Partners for Life」というビジョンの一環とし、単なる設備拡張ではなく“信頼される真のパートナー”になるための戦略的布石として位置づけています。

さらに、拠点間の迅速な技術移管と認証取得を可能にする「KojoX」アプローチによって、拠点間の迅速な技術移管を実現し、高い品質の確保や建設リードタイムの短縮化を図っていることがわかります。

 

一方、同報告書では、未契約分の設備キャパシティの存在については明言せず、「段階的な設備導入」「段階的稼働予定」という形で慎重に構成されています。これは、読み手に過度なリスク印象を与えずに戦略意図を伝える上で非常に洗練された語り口と私は考えます。

未稼働設備を「成長余地」として示す場合でも、単なる期待値ではなく、こうした先行的判断・確保済み受注・市場成長性(CAGR 20%)といったファクトとの組み合わせが説得力を生みます。

 

「なぜ今この判断を下したのか」を言語化することの重要性

報告書では、収益貢献の有無以上に「どのような未来を見据えて、その判断に至ったのか」が語られているかが問われます。

富士フイルムの例では、米国政府のバイオセキュリティ政策(バイオセキュア法案*1)や、トランプ政権下での関税リスクなど、外部環境の変化をふまえた先読みが背景にあります。

このように、「判断の質」や「戦略的洞察力」を見せることが、短期的な損益インパクトよりも投資家の評価につながることがあります。

 

「将来の布石」をストーリーにする財務パートの工夫

富士フイルムの統合報告書2024では、バイオCDMOへの大型設備投資を含む先行投資を、単なるコストではなく、2030年に向けた成長戦略の一環として明確に位置づけています。

同社は2024年度から3年間で合計1.9兆円の成長投資を計画し、その大部分をバイオCDMOや半導体材料などの成長事業に振り向けています。

財務パートでは、これらの投資によって一時的にROICやROEが目標未達となった(※要因のひとつにバイオCDMOを中心とした成長領域への大型設備投資の追加実施がある)ことを正直に開示しつつも、

- 2027年度からの黒字化見込み

- 2030年度にはROIC9%以上を達成予定

など、中長期の見通しとともに語られている点が特徴的です。

 

特に富士フイルムの統合報告書2024では、未稼働・段階的導入中の設備について、「将来的な収益化の道筋」や「設備投資のリターン見通し」を明確に示す工夫が見られます。

(例)
「2027年度以降にバイオCDMOのフリーキャッシュフロー黒字化見込み」「2030年度にROIC9%以上を達成予定」といった中長期の定量目標を明示することで、現在のマイナスを戦略的意図として位置づける構成が取られています。

 

「こうするともっとよくなる」という部分も、もちろんあります。

「段階的に受注確約が進んでいる」という記述はあるものの、未稼働設備が現状どの程度遊休状態にあり、いつ・どのように埋まっていく予定についての具体的なKPI(例:稼働率推移、想定契約進捗)提示が不足している印象です。これを補完できれば、より納得感のある成長シナリオとして読み手に届くでしょう。

 

まとめ──“空白”は“可能性”として語れる

統合報告書やIR資料は、「まだ利益が出ていない=語りにくい」ではなく、「まだ利益が出ていないからこそ、語りがいがある」局面です。未来の成長に向けた“種まき”をどう語るかが、報告書全体の説得力に直結します。

戦略的な布石と長期視点を、定量情報と戦略意図の両面から誠実かつ前向きに物語化すること。

なお、ここでいう「物語」とは、事実と見通しを論理的に編み上げて構成する“納得のストーリー”のことを指します。(決して「架空のおとぎ話」ではありません)

人間は、複雑で断片的な情報を単体で記憶しづらいのです。
背景・意図・数字を組み合わせた「意味のある流れ」(=ストーリー)の中でこそ理解し、納得することができる。それはプロの投資家であっても、同じです。

だからこそ、未稼働設備や投資回収前のプロジェクトについても、KPI・リスク認識・将来像を組み合わせて語ることで、読み手にとって“記憶に残る・腹落ちする”未来像として届けることができます。こうした構造化されたストーリーテリングこそが、IRと統合報告書制作に今、求められるスキルではないでしょうか。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 このあたりのお話は、たとえば化学工業日報「中国CDMO業界、米バイオセキュア法の衝撃」(2024年7月18日)などがご参考になるかと思います。

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