子どものころ、「プラレール」で遊んだことがあるというかた、お子さんが今でも遊んでいるよというかたは多いと思います。 本日は、その「プラレール」に関する話題です。
タカラトミーが今、「プラレール」の素材を再生材や非石油系素材に置き換える「脱プラ」試作を進めているのだそうです。
タカラトミーが人気の鉄道玩具「プラレール」の脱プラ対応に乗り出している。明治などと協業し、カカオ豆の皮を使った試作品を開発した。材料の調達や安全性などの課題を解決し、2020年代後半の量産と発売を目指す。
出典:プラレールも脱プラ? タカラトミー、カカオ豆使い試作 (日本経済新聞電子版、2025年4月19日)
カカオ豆の皮(カカオハスク)や、火山噴石、カニ殻などユニークな素材が候補に挙がり、安全性や耐久性を確認しながら複数パターンの試作が進行中とのこと。もちろん、素材が変わっても「音」や「つなぎ方」は従来どおりで、昭和のレールともつながるように設計されています。
この話題は私にとって、単なる素材置換を超えて、あるサステナビリティ概念を想起させるものでした。
「エモーショナル・デュラビリティ(emotional durability)」という言葉をご存じでしょうか?
これは、米国カーネギーメロン大学デザイン学部のJonathan Chapman教授が提唱した「感情的に長く使いたくなる製品づくり」というデザイン思想です。(このタイトルの単著『Emotionally Durable Design: Objects, Experiences &; Empathy』があります)
「エモーショナル・デュラビリティ」は、物理的な耐久性ではなく、ユーザーが愛着を持ち、手放したくないと思うことで、製品寿命が延びていくという考え方です。
言い換えれば、物理的製品の回収・再資源化の外側にある“使用期間の延伸”というアプローチであり、EUの政策文脈でも注目されつつある考え方です。
具体例でいうと、たとえば
- 10年着ているけど、捨てられない服
- 小さな修理を繰り返してずっと使っている家具
- 祖父から引き継いだカメラ
こういった製品は、「使い続けたい」という感情のつながりによって、結果的に環境負荷を減らしているのです。
今回の「脱プラレール」には、たしかにエモーショナル・デュラビリティ的な要素があります。
- 1959年から続く規格を守り、「昔のレールとつながる」設計
- 見た目や質感は変わっても、走行音や操作感はなるべく変えない
- 素材が違っても「プラレール」の名前は変えない
これらはすべて、「思い出や感情を分断させず、つなぎ直す」という設計思想です。
特に、「昔のレールと今のレールが実際につながる」ことは、物理的な互換性の話にとどまらず、記憶と現在をつなげる設計と言えるかもしれません。
しかも、今回は素材も環境配慮型。脱炭素文脈にも合致しています。
では、これは「エモーショナル・デュラビリティ」の一環なのでしょうか。
個人的に、私は、これをもう一歩進めて「エモーショナル・サーキュラリティ(emotional circularity)」とでも呼びたいと思っています。
なぜなら、今回のタカラトミーの「脱プラレール」には、製品そのものを回収・再利用するのではなく、
- 親の思い出が子どもに受け継がれ
- 未来の地球にもやさしいものとして形を変えて残る
そんな「感情と素材の両方が循環する」設計思想が見えるからです。
持続可能性は、リサイクルだけではなく「人の選択を動かす理由」があってこそ機能します。
その意味では、「懐かしい」「伝えたい」「大事にしたい」と思わせてくれる設計は、それだけでサステナブルな資質を備えているのではないかと考えた次第です。
さて、視点を少し広げてみましょう。おもちゃ業界は、サステナビリティという観点では次のような課題を抱えています。
- 大量の石油由来プラスチックの使用
- 短期利用(成長による不要化)と廃棄の多さ
- バラバラな素材構成によるリサイクルの難しさ
- 一部地域ではバッテリーや電子部品の不適切処理
これらの課題に対し、再生材の利用やモジュール構造の導入、サブスクリプション型のシェアモデルなど、さまざまな試みが始まっています。
しかし、「子どもが飽きたら終わり」という製品構造自体に、エモーショナルな工夫が施されている例はまだ少数です。
今回のプラレール試作は、耐久性や量産性、安全基準など、課題が多いのも事実です。
しかしそれでも、「素材が変わっても“つながり”は壊さない」という姿勢は、
今後のおもちゃ設計にとっても、そして他業界の「伝統×サステナビリティ」戦略にとっても、
価値あるヒントを与えてくれるものではないでしょうか。
私たちはいま、環境に配慮する“理由”を、消費者と共有できる時代に生きています。
単に「脱プラ」だから選ぶのではなく、
「この素材には物語がある」「このデザインには思い出がある」
そんな感情の循環が、これからのサステナビリティには必要になっていくのかもしれません。
本来おもちゃとは、ただの遊具ではなく、「子ども時代の記憶」という情緒をうけつぐ資産でもあるはずです。
今回お話した“エモーショナル・サーキュラリティ”とは、素材の循環だけでなく、記憶・愛着・価値観といった“感情のエネルギー”もまた循環していく設計思想ではないかと、私は考えています。
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この件については、引き続き考えていきたいと思います。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。