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2025年4月、首相と連合による16年ぶりの政労会見が話題になりました(日経記事*1)。背景にあったのは、言うまでもなく賃上げの「待ったなし」です。
そして同時期、経団連の次期会長が社会保障改革よりも「イノベーション」を重視する姿勢を示し(日経記事*2)、さらにトランプ政権下での米国の防衛予算圧力が報じられました(日経記事*3)。
これら3つのニュースをあわせて読むと見えてくる景色は、
企業を取り巻く外部環境の厳しさ。
そして、
「人的資本経営」は、単なる流行語ではなく極めて現実的な選択肢——言うなれば「最後の打ち手」であるということです。
現会長・十倉氏のもと、経団連は「雇用主の立場」として、社会保険料の企業負担増を問題視してきました。
少子高齢化が加速し、現役世代の負担増と企業の人件費上昇が深刻な懸念になっていくこの構造を、十倉氏は「次世代への不公正」とし、「改革なき持続性は幻想」と明言してきました。
十倉氏の集大成といえるFD2040は現役世代の社会保険料の負担増を抑える改革を柱の1番目においた。十倉氏が筒井氏を後任に選んだのは問題意識を共有するからこそで、この日も生保出身の筒井氏を「財政や社会保障への造詣が深い」と紹介した。
出典:日経電子版「金融初の財界総理、重点政策にサプライズ トランプの影」(2025年4月14日)
けれど、
経団連が提言を重ねても、政治は動かず。
こうした現状を踏まえ、筒井次期経団連会長が3月25日の記者会見で掲げた「5つの重点政策」の中で、税・社会保障の一体改革への言及は”トップバッター”ではありませんでした。
この選択が示しているのは、「今は、国は変わらない」。つまり、社会保障改革は、動かないという、経団連の現状認識です。
と、いうことは。
企業は社会保険料の増加という“変えられないコスト”と向き合わざるを得ません。だからこそ、制度の外側で、いかに人的資源を活かすかが勝負になってくるわけです。
物価上昇と人手不足のなか、政府の賃上げ要請は今後も続くでしょう。とはいえ、全員を一律に上げることは難しい。だからこそ、付加価値の源泉となる人材への「選択と集中」が求められることになります。
そして、忘れてはならないのが、人手不足です。
デロイトトーマツグループの2024年度の調査によると、日本企業が人材流出や人手不足を最も優先して対処すべきリスクと捉えていることがわかった。
(中略)
国内で優先して対処すべきリスクに「人材流出や人材不足」を挙げた企業は、全体の5割弱にあたる150社だった。3年連続で最多となった。デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により、IT(情報技術)人材などの引き合いが強まっている。海外を巡る主要リスクでも人材不足を挙げた企業が2番目に多かった。
出典:日経電子版「企業の5割、リスクは『人手不足』 デロイト調査」(2025年4月15日)
これらの課題の切実さを考えると、企業における人的資本経営が「最後の打ち手」であると言える理由が、見えてくるのではないでしょうか。
ここで私が(自戒を込めて)課題提起したいのは、
企業様の制作する統合報告書での「人的資本経営」の記述は、
果たして、このリアリティが感じられるものになっているのだろうか
という点です。
統合報告書でよく見かける「人材は当社の競争力の源泉であり、今後も投資を続けます」という一文。
それ自体に問題があるわけではありません。
ただ、それだけで終わってしまっては、上述のような経営の「リアル」を知る読み手(主に投資家)にとっては、空虚な文言と映ってしまう可能性があります。
重要なのは、その人的資本投資が「どんな成果につながっているのか」を語ること。
たとえば、こんな表現があると、読み手の納得感はぐっと高まります。
– 教育投資 → 業務改善 → 利益率向上(ROICの分子に貢献)
– 離職率低下 → 採用・再教育コスト減(資本の最適化)
– 社内異動の促進 → 遊休人的資本の活性化(固定費活用の高度化)
こうした具体的なロジックがあることで、人的資本経営は「理念」から「戦略」へと格上げされます。
そして、もうひとつ重要なのは…
「なぜそれをやるのか」、いや、「やらなければならないのか」という切実さを語ることです。
これは、企業様の”公式な文章として”書くことは、なかなか難しいことかもしれません。
しかし、”行間からにじませる”ことは可能です。
にじむもの、伝わるニュアンスさえあれば、あとは対話で補える。
そうした対話のきっかけを作り、対話を実りあるものにすることこそ、統合報告書の役割です。
人的資本経営は、もう「上から言われたからやる」ものではありません。制度が変わらず、環境が厳しくなる今だからこそ、企業にとって「やらなければ生き残れない」必然の戦略です。
統合報告書やサステナビリティレポートを通じてそのメッセージを届けるなら、理念ではなく「打ち手」としての人的資本を、そしてその“やらざるを得ない必然性”をどう表現するか——現在制作中の統合報告書では、そこにこだわってみてはいかがでしょうか。
(もちろん、お手伝いが必要な時はいつでもお声かけください!)
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:日経電子版「首相と連合、参院選前に接近 賃上げへ16年ぶり政労会見」(2025年4月14日)
*2 出典:日経電子版「金融初の財界総理、重点政策にサプライズ トランプの影」(2025年4月14日)
*3 出典:日経電子版「防衛予算、GDP2%に迫る トランプ政権は増額圧力」(2025年4月15日)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。