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「無借金なのに株主提案」──しまむらと任天堂の違いはどこに?

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本日の日経電子版に、しまむらに対してマネックス・アクティビスト・マザーファンド(MAF)から株主提案が出されたというニュースが載っていました。

マネックス系がしまむらに株主提案 自社株買いなど要求
(日経電子版、2025年4月15日)

 

MAFによるしまむらへの株主提案は、2024年に続く2回目のようです。前回は「DOE5%を下限とする配当方針を定款に盛り込む*1」というものでしたが、今回は「配当性向を60%に引き上げるとともに、160億円を上限とする自社株買いの実施も求めている」とのことで、より具体的になっています。

本日のブログは、このニュースを題材に、統合報告書での「自社らしい」資本効率の語り方について考えてみたいと思います。

 

しまむらへの株主提案──現金保有は「持ちすぎ」?アクティビストの視点とは

MAFがしまむらに対して自社株買いなどの株主還元強化を求めている背景には、しまむらの潤沢な「現金」があるようです。

しまむらの業績は好調だ。3月31日には26年2月期の連結純利益が前期比2%増の428億円になる見通しと発表した。5年連続で最高益を更新する。しまむらの手元資金は前期末で総資産の約5割を占めており、市場では「現金を持ちすぎていることが市場からの評価を下げている」(外資系証券)との指摘がある。

出典:日経電子版「マネックス系がしまむらに株主提案 自社株買いなど要求」2025年4月15日

 

確かに、こうした資金の滞留は、ROEやROICといった資本効率指標を押し下げ、結果として企業価値を控えめに評価される要因にもなります。

 

もちろん、それは理解しておりますが…

統合報告書の制作をお手伝いする立場である私たちとしては、ここで、ある疑問(素朴な「問い」)に直面してしまうのです。

 

しまむらの無借金経営は評価されるのか?資本効率の視点から考える

しまむらはそもそも、極めて堅実な財務戦略を取ってきた会社です。

新規出店も物流投資も、M&Aすらも、すべて自己資金でまかなうという「守りながら成長する」ことが、“しまむら流”であり、これを支えるため、無借金経営と潤沢な内部留保を強みにしてきました。

 

これは、しまむらの「個性」であり「強み」でもあります。

ただし一方で、これらの個性や強みは、資本市場の視点から見ると、

「自己資本だけで成長しているのに、その資本がうまく回っていないのでは?」

と問われてしまうことがあります。

無借金=財務健全、とは限らず、「キャッシュの使い方が非効率」と映ることもあるのです。

 

それは、わかります。

わかるのですが…

しまむらの強みや独自性を、「資本効率」だけで“切って”しまうことは、本当に良いことなのでしょうか*2

しまむらが「自社らしさ」を説明しつつ、資本市場と対話する、適切な開示方法はないのでしょうか?

 

無借金でも批判されにくい任天堂の戦略とは?しまむらとの違いは?

この点について考える上で、参考になる企業があります。

しまむらと同様に無借金で潤沢なキャッシュを持ちながらも、資本市場から「持ちすぎ」とは言われにくい企業——「任天堂」です。

任天堂は、かなりの「キャッシュリッチ」企業として有名です。
ですから、(もちろんというべきか)この点について、バリューアクトをはじめとするファンドからの提言はありました。

ただ、過去(2020年)のバリューアクトの提案も「ゲーム機の販売だけでなく、コンテンツをより広く活用すべき」などの趣旨であり、直接的に資本効率の悪さを指摘するものではありませんでした。バリューアクトは、基本的に「株主還元・資本効率重視」のファンドであるにも関わらず、です。

 

これはなぜでしょうか。

私は、任天堂には明確なR&D戦略(次世代機など)がある——すなわち、「現金の使い道」が明確にあり、それが説明されていること、そして現金はその実行力の裏付け——言い換えれば「未来に備えるための戦略的資源」ととらえられているからではないかと考えます。

 

統合報告書でどう語る?しまむらの資本政策説明を「任天堂型」に変えてみた

しまむらが現金を「資本効率を下げる負債」ではなく「未来への蓄え」として説明し、資本市場の納得を得るためには、“資本の使い道”と“思想”の両面を言語化する必要があると、私は考えます。

 

ではこの点、しまむらの2024年統合報告書の説明は、どうなっていたでしょうか。

 

社長メッセージの中で、手元資金について「成長投資やM&Aに備える」「無借金を維持する」といった説明がなされていますが、個人的には、ここでもう一歩踏み込むと、株主提案への“先回り回答”になるのではと考えます。

 

以下に、(勝手ながら)いくつかの記載例を作成してみました。

 

  • 当社は、都市部出店やM&A、新規事業への着手を中計で示していますが、これらは市場タイミングに即応する必要があります。そのため、潤沢なキャッシュは“動かすための選択肢”として確保しています。

 

  • 無借金であることは、企業の“身軽さ”でもあり、“チャンスを逃さないためのスピード資産”です。資本コストの観点からも、今後の配分最適化を視野に入れています。

 

  • 現在の財務戦略は、変化の激しい業界において、“自社で決断し、即断即行できる企業体質”を守るためのものです。

 

資本効率が問われる時代に、統合報告書が果たす役割──数字に現れない“戦略”をどう伝えるか

 

ROEやROIC、WACCといった資本効率関連の指標は、いまや、投資家が企業を評価するための共通語となっています。

ですが、その説明に「自社らしさ」や「経営哲学」がのっていなければ、単なる比率だけで判断されてしまいます。

逆にいえば、たとえ数字が低かったとしても

「なぜ、今この水準で」「何に備えていて」「どう活かすつもりか」

を語ることができれば、それは企業の戦略性として評価される可能性があります。

 

統合報告書とは、そうしたメッセージを「言語化」する場です。手元資金の水準ひとつとっても、「守っているだけ」か「備えているのか」は、語り方次第で真逆に映る——そんな事例として、今回のお話をとらえていただけましたら幸いです。

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最後に:

統合報告書での資本政策やROIC・ROEの語り方、迷われていませんか?

「ROICは高くないけれど、理由がある」
「今は配当よりも投資。でもそれをどう説明するか」

そんな「数字の裏にある戦略」を、言葉にするお手伝いをしています。

よろしければ、お気軽にご相談ください

 

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 出典:日経電子版 2024年4月1日「しまむらDOE3%へ 27年2月期、成長投資も重視

*2 もちろん、MAF自体はエンゲージメントを重視するファンドであるため、しまむらの強みや戦略、経営哲学等を理解した上で提案されているとは思いますが、ここでは「考える材料」としてこの疑問を呈しております。

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