2025年3月21日、金融庁は、スチュワードシップ・コードの改訂案を公開しました(4月20日までパブコメ実施中)。
今回の改訂については、「実質株主の透明性向上」が話題に上がることが多いのですが、個人的には「協働エンゲージメント」が初めて“重要な選択肢”として明記されたことに注目しております。
これは、「協働エンゲージメント」つまり、複数の機関投資家が連携して、同じ企業と建設的な対話を行うという動きが、制度上も後押しされることを意味します。
企業様にとってこれが、エンゲージメント(対話)へのプレッシャーが高まることになるという側面はあるでしょう。しかし同時に、「どう伝えるか」の設計次第で、信頼を得るチャンスにもなる———そして、その“最初の伝え方”の要となるのが、統合報告書であると私は考えています。
協働エンゲージメントとは、複数の投資家が“チームを組んで”企業に対話を申し込むこと。
同じような問題意識や改善要望を共有している投資家同士が、一社の企業に連携して働きかけを行います。
たとえば、ある企業の人的資本開示が不十分だと感じた投資家が、他の投資家と共に声をあげ、共通の懸念点を対話の場で伝える——そんな風景が、これから日常的になってきそうです。
では、企業にとってこれは何を意味するのでしょうか?
私は、
統合報告書は「投資家の“共通の問い”に先回りして応える資料」になる、と考えます。
これまで統合報告書は、「読むかどうかは相手次第」という受け身の文書と捉えられがちでした。
しかし協働エンゲージメントが進む中では、報告書が「共通理解のベース」として使われ、対話のスタート地点になるでしょう。
ということは…
別の言い方をすれば、
そんなリスクが高まるとも言えそうです。
協働エンゲージメントで取り上げられやすいテーマは、スチュワードシップ・コードにも明記されています。
実際、以下のような項目は、複数の投資家が共通して重視する視点となりやすいでしょう。
これらは、「答えの有無」だけでなく、「その企業がどんな問いを自分に投げかけているか」が見られているとも言えるでしょう。
ここで、大切な視点をひとつ。
「ROIC、導入してないから書けません」
「人的資本はまだ手探りで、実績も数値も出せません」
——こんな声は、決して珍しくありません。
そして、それは決して責められるべきことではないと私は考えます。
むしろ、まだ整っていないからこそ「何に取り組もうとしているか」を伝えることに意味があるのですから。
たとえば、
「人的資本経営に向けて、まずこういう課題を認識しています」
「ROIC導入はしていませんが、資本コストを意識した経営判断として、◯◯を重視しています」
などの記述は、
投資家が「誠実な過程」として読み取り、評価する情報の例です。
すべての取り組みが完璧に整っている必要はありません。
大切なのは、「どんな問いを自社に投げかけているか」「その問いに、どう向き合おうとしているか」
統合報告書は、そうした“誠実な過程”も、投資家と共有する場なのです。
統合報告書は、成果を誇る場所ではなく、変化しようとする姿勢を見せる場所であるということをお忘れなく、「今、できる」開示をしてまいりましょう。
最後に、これからの統合報告書を「対話に使われる資料」として強くするためのヒントをご紹介します。
「投資家からよく聞かれる質問」「取材で詰まった論点」をもとに本文構成を見直してみましょう。
“語るために書く”構成が、レポート全体の信頼感を上げてくれます。
測定の質や実態が追いついていないKPIは、むしろ逆効果。
数値よりも、「そのKPIをどう考え、なぜ取り組もうとしているか」を言語化することが大切です。
CEOやCFO、サステナビリティ責任者が、対話の場でも「自分の言葉で」語れるか。
この視点から、誰が話すか=誰に響くかを意識してレポート文言を整えていくのがおすすめです。
おわりに
協働エンゲージメントの時代、統合報告書は“語るための資料”になりつつあります。
すべての課題に完璧に答えられなくてもかまいません。
大切なのは、どんな問いに向き合っているか、を共有すること。
統合報告書は、今ある答えを書くと同時に、「この会社はこれから何を考えようとしているのか」を伝える場でもあります。
その一言が、きっと対話を変えていくと信じて、今年のレポートを作ってまいりましょう!
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
脚注
*1 出典:原則4 指針4-1「機関投資家は、中長期的視点から投資先企業の企業価値及び資本効率を高め、その持続的成長を促すことを目的とした対話3を、投資先企業との間で建設的に行うことを通じて、当該企業と認識の共有を図るよう努めるべきである。」
*2 出典:原則4 指針4-1の脚注17 「例えばガバナンス体制構築状況(独立役員の活用を含む)や事業ポートフォリオの見直し等の経営上の優先課題について投資先企業との認識の共有を図るために、業務の執行には携わらない役員(独立社外取締役・監査役等)との間で対話を行うことも有益であると考えられる。」
*3 出典:原則4 指針4-3「機関投資家は、サステナビリティを巡る課題に関する対話に当たっては、 運用戦略と整合的で、中長期的な企業価値の向上や企業の持続的成長に結び付くものとなるよう意識すべきである。」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。