人材戦略 / 人的資本開示 / 価値創造ストーリー / 統合報告書
2025年4月、金融庁が公表した調査報告書「海外投資家の人的資本開示に関する調査」は、統合報告書を制作するうえで非常に参考になる内容でした。
このレポートは、海外投資家が人的資本のどのような“語り方”に注目しているのか、また欧米企業がどのように開示を工夫しているのかを、事例とともに丁寧に分析したものです。
統合報告書の制作に関わる方にとって、「どのように語れば読み手に伝わるのか」「どの程度まで踏み込むべきか」といった実務的なお悩みに答えるヒントが多く含まれています。
ここでは、統合報告書制作ご担当者さまが実務に応用しやすい3つのポイントに絞って、このレポートから学べることをお伝えいたしますね。
人的資本に関するKPIや施策を羅列するだけでは、海外投資家の関心には応えられません。
彼らが最も重視しているのは、「なぜこの人的資本施策が経営戦略の実現に不可欠なのか?」というロジックです。
この「なぜ」の部分に答えることが、開示の説得力を大きく高めます。
たとえば、ある企業が「定着率の向上」を人事施策として掲げていた場合、それが「離職コストの削減」だけでなく、「顧客接点の質を高めるため」であるとすれば、戦略と人的資本施策がしっかり結びついていることになります。統合報告書では、ストーリーの背骨としてこの接続点を明確に描くことが大切です。
ご参考:資料p26、33より
人材戦略と経営戦略がどのように結びついているかは、多くの場合投資家にとって重要。特に長期的に見た場合に、人材管理の戦略が企業の成功に直結しやすいため、具体的な目標や進捗状況を示してもらうことは投資判断に役立つ
企業戦略や人材戦略との関連付けなしに指標のみを開示し、開示のための開示になってしまっている企業も多い。人的資本を含め、全てのサステナビリティ開示は戦略と関連させるべき
KPIは、「見栄え」ではなく、「意味」が問われています。
投資家は「時系列比較可能」「会社の文脈に合った」「意思決定に役立つ変化を示す」KPIに注目します。
つまり、「世の中で流行っているからこの指標を出しました」ではなく、「このKPIが、同社の戦略遂行力を測る指標として本当に機能しているか?」が評価されるのです。
たとえば、中途採用比率や社内登用率、管理職層の構成変化などは、組織の方向性や変革の兆しを読み取る手がかりになります。
実務上は、こうしたKPIの変化に込めた意味を、短くてもいいので一言添えることが肝要です。これは、KPIを「事実」ではなく「意図」として語る技術でもあります。
ご参考:資料pp.29~30より
人的資本は財務上マテリアルである。但し、その重要性は業種によって異なる。リスクと機会両方の側面を見るが、人的資本のどのような点に焦点を当てるかは業種により異なる。例えば、テクノロジー、ヘルスケア、金融サービスなどの知識集約型のビジネスモデルにおいては価値創造の機会の側面の人的資本管理がより重要なものであると考えている。これらの企業は人から価値を生み出しているためである。これに対して、小売セクターのような労働者の人数が多く賃金水準も低い企業においては、人的資本管理が適切に行われないリスクが高い。従業員がストライキを起こし操業停止に至る場合には生産量に影響する
離職率・定着率については、経営者がどのように判断しているのかといったコンテクストを合わせて開示することが重要。急成長している企業と安定している企業では、マネジメントが適切だと考える離職率・定着率の水準は異なる
中期経営計画がどんなに立派でも、それを実現できる人材体制がなければ、投資家からの評価は得られません。
報告書では、「戦略と連動した人材の質的・量的な整備状況」への関心が高まっていると指摘されており、実務上もまさに同じ傾向があります。
この視点から統合報告書を組み立てるなら、以下のような情報を“経営戦略の一部”として開示するのが効果的です。たとえば…
これらは単なる人材開示ではなく、「経営計画の実現力に関する情報提供」でもあります。
コンサルタントとして私たちは、近年のエクイティストーリー構築においては人材戦略の整合性を示すことが資本市場との対話力につながるとの思いを強くしております。
ご参考:資料p26、27より
企業が成長戦略を実行する上で、必要な人材をどのように確保し、長期的にモチベーションを高められるかは、投資評価における重要なポイント。具体的な人材目標や進捗状況が開示されると、将来キャッシュ・フローの見通しをより的確に捉えられる
我々は企業とのエンゲージメントにおいて、取締役会に次のような質問をする。 『長期的な企業戦略との関係で、従業員のスキルや能力を企業戦略とどう整合させているのか』 『仮に現時点において既存の従業員のスキルや能力が長期的な企業戦略と整合していない場合においては、足りない部分をどのようにして補う予定なのか。既存の従業員のトレーニングやスキルアップによるのか。もしくは、そのようなスキルを持つ従業員を外部から採用できる魅力的な企業であると考えているのか』
人的資本開示の正解は、1つではありません。
けれど、投資家に響く開示には、いくつかの共通する要素があります。
そのほかに、
などもポイントとなるでしょう。
これらの視点を意識することで、「人的資本が戦略を実現する力」であることを、読者に伝える統合報告書になっていきます。
読者に語りすぎず、語り足りなさすぎず——その絶妙なバランスを、今年の1冊に込めてみませんか?
ご支援が必要な時は、お気軽にお声かけください。
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それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。