休日に私用メールの受信トレイを整理していたら、あるバンドのライブがこの夏、開催されるというお知らせを見つけました。そのメールに何気なく目を通していた私は、会場名を見たところで軽い驚きを覚えました。なぜなら、会場名が「日比谷野外音楽堂」(以下、日比谷野音)になっていたからです。
え?日比谷野音って、去年から使用休止になっていたんじゃなかったっけ?
音楽関係のニュースにうとい私は気づいていなかったのですが、日比谷野音の改修工事は、2023年の時点で応募ゼロだったため、工事開始も延期になっていたのですね*1。
場所は東京の中心。歴史ある文化施設。改修の公募。
にもかかわらず、応募ゼロ。
背景には、資材価格の高騰や人手不足といった建設業界全体の課題があるといわれています。
けれども、それ以上に、この出来事は「そもそも再開発とは何か?」という問いを、静かに突きつけていたようにも感じられました。
日比谷野音は、1923年に開場した日本最古の野外音楽堂の一つです。
現在の構造は1957年に改築されたもので、戦後の復興期を象徴する公共文化施設でもあります。
この空間には、数々の伝説が息づいています。
古くは、1975年のキャロル解散コンサート、1977年にはキャンディーズの「普通の女の子に戻りたい」宣言がおこなれた場所もここで、1984年には尾崎豊さんがステージから飛び降り足を骨折しながら歌い続けたステージであることも知りました*2。
多くの市民が音楽と出会い、言葉にならない感情を共有してきたこの場所は、日本の音楽文化の記憶が幾重にも折り重なってつくられてきた場所——都市の記憶が凝縮された空間ともいえるのかもしれません。
東京都もこの歴史的価値を理解しているようです。2023年には開設100周年の記念イベントを開催し、「野外音楽堂ならではの開放感を維持」する一方で、控室や舞台裏設備の機能向上、騒音対策、屋根の一部設置などの改修を掲げていました。
一方、2023年7月に策定した計画では、「野音を拡張して、近くの広場や木々と一体で再整備する*3」とのことで、樹木伐採を含む大掛かりな“再開発”が予定されているようにも見えます。
こうした取り組みは、文化と利便性の両立を図る試みとして期待される一方で、実際には2023年の公募に誰も応じなかったという現実が浮かび上がっています。
今年(2025年)2月に実施された「日比谷公園(大噴水・小音楽堂周辺)の整備内容に関するオープンハウス」に来場した方々のアンケート結果も賛否両論、さまざまな意見が見られます。
理念と実行可能性のあいだに横たわるこれらのギャップは、いま私たちに突きつけられている問いであるように思われます。
そもそも、なぜ改修が必要なのでしょうか?
通常は、耐震性・老朽化・バリアフリー対応といった物理的要件が理由として挙げられることでしょう。
そして、これらの課題を解決するためには、全面的な建て替えしかない――というのが従来の行政的なロジックでした。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
そこに、ほかの選択肢はないのでしょうか。
1937年、パリで開催された万博では、各国が力を競い合い、壮麗なパビリオンが建てられました。
そのうちのひとつ、フランス館として建てられた建物は、いま、「パレ・ド・トーキョー(東京宮)」として現代アートの拠点に生まれ変わっています。
パレ・ド・トーキョーの改修は、いわば“壊さない再開発”でした。
もともとの建築を大きくは変えず、壁のひび割れさえも空間の一部として活かしています。
《パレ・ド・トーキョー》は、ナショナルなアートセンターでありながら、空間自体はほとんど工場の廃墟同然というか、どこまでが改修中で、どこからが改修済みかがわからないような仕上げに留められていました。(中略)《パレ・ド・トーキョー》は驚くくらいに格好良かったですよね。日本だと、たとえリノベーションであっても、どうしてもきれいに仕上げてしまいますから。
出典:LIXIL出版10+1website「独立した美術・批評の場を創出するために」
以前に、五十嵐氏が書籍「世界のリノベーション」(2017年11月発刊)に寄稿してくれた文章の一部を引用する。「パレ・ド・トーキョーは、個人的にも大好きな空間である。なぜなら日本の場合、リノベーションすると、妙に小ぎれいな建築として完成してしまうが、この施設は未完成のまま、現代美術の展示場としての運用を開始し、それがとてもカッコいいのだ。(中略)展示を繰り返すうちに、だんだん完成していけばよいというオフビートの感覚というべきか」(五十嵐太郎氏)
出典:日経クロステック2018年11月14日「パリに学ぶ大胆リノベ、20世紀の奇跡「ルーブル」から最新商業まで」
私自身もパレ・ド・トーキョーを訪れた際、最初はそのボロボロぶりに驚きましたが、見ていくうちに不思議とその、主張しすぎない存在感が心地よく、アートをのびのびとさせてくれているように感じられ、好きになっていきました。
(パリに行く少し前に訪れた「金沢21世紀美術館」では、白いブース、透明な展示ケースに閉じ込められたアートがとても窮屈に見えました…)
パレ・ド・トーキョーが示すように、建物は使いながら、少しずつ意味を変えていくことができます。
日比谷野音もまた、以下のような段階的・再編集的な改修の可能性を持っているはずです。
たとえば、基礎・フレームを残したまま、補強材や免震構造の導入を検討するとか。必要な箇所に的を絞って段階的改修とか——。
これにより、「原形を壊さず」「文化を継承し」「持続可能性を高める」という三つの目標が同時に実現できるかもしれません。
そもそも、災害の多い日本では、スクラップ&ビルドに頼る都市づくりはリスクを伴います。人手不足や資材高騰に直面する現在、“壊さずに保つ”という技術と発想は、都市のレジリエンスを高める選択肢でもあるのではないでしょうか。
中野サンプラザの教訓もあります。同地の再開発は、経済性を優先した建て替えが長引くことで、かえって地域の停滞感を生み出してしまっているようです。
建て替えは一度きりの選択です。壊せば、もう戻れません。
日比谷野音にも、同じ轍を踏ませるわけにはいかないのでは…と、昨日の私は、日比谷公園を散歩しながらぼんやりと考えていました。
今年、2025年には大阪・関西万博が開催されます。
テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。未来を構想するイベントとして、多くのインスピレーションを与えてくれるイベントになるでしょう。
その中に、真に持続可能な社会とは、未来を夢見るだけでなく、過去を活かす知恵を持っている社会ではないかという視点も多く含まれていると嬉しいです。
再開発とは、過去を断ち切るものではなく、過去と未来が語り合うプロセスである――現在すすめられている日比谷野音のリノベーションが、こうした認識に基づくものであることを心から願っています。
いろいろと書きましたが、とりあえず、今夏の日比谷野音でのライブ、抽選に申し込んでみようと思います。イベントがなければ入ることができない会場の状態は、まず自分の目で見てみてみることで、なにか感じられるのではと思いますので。
新たな発見があればまたお伝えしますね!
本日はとりとめのないお話になってしまい、失礼しました。
お読みいただき、ありがとうございます。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
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*1 出典:NHK 首都圏ナビ「野音 日比谷公園大音楽堂の建て替えは? 施設使用いつまで 再整備後の再開は」
*2 出典:日経電子版 2023年6月10日「日比谷野音、次の「伝説」へ 建て替え 機能拡充めざす 開設100年 イベント続々」
*3 出典:東京新聞デジタル 2023年3月5日「伝説生んだ日比谷野音、100年の節目に再整備へ 樹木伐採の懸念も…「歴史ある緑を後世に」」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。