ナラティブ / 価値創造ストーリー / 勉強用(初学者様向け)
サステナビリティの話をするとき——特に、個人に向けてお話をされるとき、ご担当者さまは「何を、どこまで伝えるべきか」に悩まれることが多いように思います。
それもそのはず。企業の取り組みは気候変動対策だけでなく、生物多様性、人権、資源循環など広範にわたっている上に、それぞれが独立した課題ではなく、相互に影響し合っています。ですから、単純に「このテーマだけ話せばよい」ということには、なかなかならないのです。
ちなみに、昨年(2024年)末に発表された「ネクサス報告書*1」は、この複雑な関係性を整理し、全体像を示そうとしたものです。
ネクサスとは「つながり」という意味で、「生物多様性」と「気候変動」「水」「食料」、そして私たちの「健康」もつながり合っていて、“あちらを立てればこちらが立たず”とか“ひとつが悪化すると連鎖的に他も悪化する”といった関係性を分析した新たな報告書です。12月17日、自然の豊かさなどについての科学的情報をとりまとめているIPBESという政府間組織が発表しました。
(出典:NHK NEWS おはよう日本 おは解説ここに注目 2024年12月19日「つながり合う環境問題 初の“ネクサス報告書”は?」)
一つの施策が他の分野にどのような影響を及ぼすかを明らかにする——サステナビリティにおいては、こうした「包括的な視点」が欠かせません。
その意味では、「何を、どこまで伝えるべきか」というお悩みは、サステナビリティについてよくご存知であるが故に生じる課題であるとも言えます。
しかしながら、特に個人(消費者や個人株主など)に対しては、単なる情報の羅列ではなく「共感できるストーリー」として届けることが求められます。
ここでサステナビリティ担当者さまが直面するのが、「情報をすべて詰め込もうとすると、かえって伝わらなくなる」という問題です。
これは、谷崎潤一郎の『細雪(ささめゆき)』の読みにくさと共通する部分があるのではないかと、私は考えています。
『細雪』は、日本文学の中でも特に繊細な作品として知られています。大阪船場の旧家に生まれた四姉妹の暮らしを、季節の移ろいとともに丹念に描くその筆致は、日本の伝統や美意識を象徴するものです。
しかし、読み始めると、多くの登場人物が次々に登場し、物語の流れもゆるやかです。谷崎が描くのは「物語の大きな展開」ではなく、「人物の仕草や家の様子、天気の変化」といった細やかな要素の積み重ねです。そのため、読者はどこに注目すればよいのか迷い、全体像をつかむのに時間がかかります。
これは、ネクサス報告書が示す「サステナビリティの複雑な関係性」と似たところがあるように私には思えます。企業が環境負荷を減らすために再生可能エネルギーを導入すれば、それは水資源の利用に影響し、さらに食料生産の持続可能性にもつながっていく。このように、サステナビリティは一つの課題だけでは語れず、網の目のように絡み合っています。
このような企業のサステナビリティストーリーを真摯に、そのまま——つまり「包括的に」伝えようとすると、情報過多に陥り、『細雪』のように「全体を理解してもらおうとするあまり、何が主題なのかが伝わりにく」くなってしまいがちです。
では、どのようにすれば個人にも伝わるストーリーになるのでしょうか。
実は、ここで参考になるのが(お子さんのいらっしゃる方はきっとご存知の)『プリキュア』の構成なのです。
『プリキュア』シリーズは、視聴者が新しい世界観にスムーズに入れるよう、ストーリー構成に工夫が施されています。その中でも、特に重要なのが「情報のハイライトを絞る」ことです。
【プリキュアのストーリーテリング】
プリキュアシリーズのストーリー構成は、クラシカルな“英雄譚”に基づいています。
日常 → 事件 → 変化(変身)→ 試練 → 成長 という流れは、ホメロスの叙事詩から現代の映画に至るまで、多くの物語に共通する普遍的な構造であり、人を惹きつけ続けてきたストーリー構成の「王道」です。
【学びのポイント】
サステナビリティのストーリーも、課題の発生(事件)→ 企業の挑戦(変化)→ 直面する困難(試練)→ その先のビジョン(成長)というクラシカルな“英雄譚”の流れを意識することで、聞き手が理解し、共感し、自然に引き込まれるものになります。
【プリキュアのストーリーテリング】
プリキュアシリーズでは、第1話は基本的に、一人目のメンバー(主人公もしくは主人公のひとり)にフォーカスします。第1話を見ることで視聴者はその主人公の日常や背景を理解し、感情移入する準備を整えることができます。
【学びのポイント】
企業のサステナビリティ戦略は広範ですが、一度にすべてを語ろうとすると「細雪型」になり、聞き手が迷ってしまいます。また、「当社は」のように企業が主語であるよりも、一人の人物を主人公に据えたストーリーとしたほうが、個人の共感を得やすいです。
まずは一つの象徴的なストーリーを軸に据え、それを「個人の物語」として語る形を検討してみるとよいでしょう。
【プリキュアのストーリーテリング】
物語が進むにつれて、2人目、3人目のプリキュアが登場し、敵との戦いや世界観が明らかになっていきます。しかし、いきなり「世界の危機」を語るのではなく、まずは身近な問題や成長のストーリーから入ることで、視聴者がスムーズに物語に入り込めるようになっています。
【学びのポイント】
サステナビリティのストーリーも、こうした「段階的な情報提示」の手法を取り入れることで、伝わりやすくなります。
いきなり「気候変動、人権、循環経済のすべてに取り組んでいます」と並列に語るのではなく、まずは一つの話、特に、具体的なエピソードから伝えるのは効果的な手法です。「この工場での成功事例が、サプライチェーン全体の取り組みにつながっています」といった流れで展開すると、聞き手も段階的に理解を深めていくことができます。
サステナビリティの課題は、ネクサス報告書が示すように複雑につながりあっています。そのため、全体像を語りたくなるのは自然なことです。しかし、情報を詰め込みすぎると、『細雪』のように「美しくても伝わりにくい」ストーリーになってしまうかもしれません。
『プリキュア』のように、まずは一つの小さな物語から始め、そこから徐々に世界観を広げていく。そうすることで、サステナビリティのメッセージは、より多くの個人に届きやすくなるのではないでしょうか。
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それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 ネクサス報告書の概要を知るには、たとえば、国立環境研究所ホームページの「生物多様性、水、食料、健康、気候変動の危機を同時解決するために—IPBES「ネクサス評価報告書」を読み解く」(土屋 一彬、2025年1月31日)などがご参考になるかと思います。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。