2025年2月28日、日本政府は「自然再生基本方針」の改訂を閣議決定しました。
この基本方針は自然再生推進法に基づき、自然再生に関する施策の総合的な方向性を示すもので、おおむね5年ごとに見直されています。今回の改訂は、2022年の昆明・モントリオール生物多様性枠組や、2023–2030年の生物多様性国家戦略、第6次環境基本計画などを踏まえたアップデートとなっています。
どのように変わったのか?については、まとめの図表も一応発表されてはいるのですが、あまりにざっくりしていますので、新旧対照表を読むほうが良いかな、と個人的には思います。
さて、個人的には今回の改訂、特に食品・飲料業界にとって大きな意味を持っているのではないかと感じました。本日のブログでは、少しそのお話をさせてください。
2025年改訂の「自然再生基本方針」は、食品・飲料業界にとって無視できない開示上の転換点となったのではないかなと私は考えています。
今回の改訂で政府は初めて企業や金融機関を自然再生の主要アクターと位置づけ、「民間企業が事業活動の一環として自ら自然再生に取り組む又は活動を支援する」ことを明記しました。
特に農水省の「みどりの食料システム戦略」に沿い、生産性向上と環境負荷低減を両立する持続的食料システムの構築が掲げられており、食品・農業分野での企業の積極的な関与と情報開示が期待されているように読み取れます。
これは昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)のターゲットとも連動し、自然関連リスク開示を促すTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の動きと軌を一にするものです。実際、環境省も「企業がTNFDの枠組みに沿って自然関連情報を開示し、評価されることで、生物多様性に積極的な企業へ資金が流れる仕組みが重要」と述べていて、この方針改訂は国内企業にTNFDを念頭に置いた開示対応を促すと言えます。
こうした国内方針は、国際的な開示基準とも大筋で整合しています。たとえばGRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)は2024年に生物多様性基準を刷新し、サプライチェーン全体の透明性や地点ごとの影響評価、さらに生物多様性損失の要因に関する詳細な開示を求め始めました。
これは今回の基本方針が求める「企業による自然への包括的配慮」と重なり、企業はGRI基準に基づく報告を通じて方針の趣旨に沿った情報開示が可能です。一方、SASB基準(産業別の財務影響に着目した開示基準)でも、食品や農業関連業界では森林破壊リスクや水資源管理など生物多様性に直結する課題が重要項目として設定されており、改訂方針が重視する論点と一致します。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は現在気候変動に重点を置く開示基準(IFRS S1/S2)を策定済みですが、今後TNFDの勧告を踏まえた生物多様性リスクの開示検討に着手すると表明しています。
今回の改訂内容は、国際基準と大きな乖離はなく、むしろ企業がグローバルに求められる水準の情報開示を後押しなのではないかと私は考えます。
企業にとって実務面のインパクトも見逃せないのではないでしょうか。
今後は、従来以上に詳細な環境データの収集や社内体制の整備が求められる可能性があります。特に食品・飲料業界では原材料の調達や農業生産段階での自然影響を把握し、森林破壊ゼロや生態系保全に関するポリシーとKPIを設定・開示する必要性が高まっていくでしょう。
GRIの新基準が要求するように、サプライチェーン全体にわたる地域ごとの生態系への影響把握や対策の公開には相応のリソース投入が避けられません。ただ、これは単なるコストではなく、中長期的には投資家や規制当局からの信頼確保につながる戦略的意義を持ちます。
先行して生物多様性リスクと機会を開示・対策できる企業は、ESG評価や投資資金の誘引で有利になるだけでなく、持続可能な原料調達によるサプライチェーンの安定確保やブランド価値向上といった競争優位も得られる可能性があります。
例えば大手飲料メーカーが水源林の保全や農家支援プログラムを通じて地域生態系を守り、その成果とリスク低減効果をレポーティングすれば、気候変動対策との相乗効果も含め高い評価につながるといった「先行者利益」を獲得できるタイミングであるとも言えそうです。
今回の改訂は企業のサステナビリティ戦略に生物多様性という新たな軸を組み込む契機となり、食品・飲料業界における開示と経営の両面でネイチャーポジティブな取り組みが競争力の一部となることを示唆しているのではないか、と私は考えております。
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それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。