奈良・東大寺の「お水取り」は、日本の春を告げる伝統行事として知られています。
その源流にあたるのが、福井県小浜市で3月2日に行われる「お水送り」です。若狭神宮寺の井戸から汲んだ聖水を鵜の瀬に流し、それが地下水脈を通じて10日後に東大寺の「若狭井」へ湧き出ると伝えられています。
(写真は「鵜の瀬」です)
ですが、科学的に見た場合、この伝承はどこまで真実なのでしょうか?
ふと気になったので、考えてみることにしました。
若狭と奈良の距離は約90km。間には高い山々が連なり、表面的には川の流れでつながっているわけではありません。鵜の瀬の水は遠敷川から若狭湾へ流れ、奈良方面に向かう地下水脈があるという明確な証拠も存在しません。地質学的に見ても、地下水がこの距離を10日間で移動することは極めて考えにくいのです。
ですが、だからといって、「若狭の水が奈良に届く」という発想自体を完全に否定してしまうのも早計かもしれません。なぜなら、水というものは姿かたちを変えながら常に地球上を巡っているからです。
水循環に目を向ければ、一度海に注いだ水も太陽の熱で蒸発して雲となり、やがて遠く離れた土地に雨となって降り注ぎます。鵜の瀬の水が蒸発し、雲となり、雨として奈良に降る可能性もゼロではありません。科学的には直接つながっていなくても、広い視点で見れば、水は常に形を変えて旅をしているのですから。
さて。この伝統の背景には、奈良時代に東大寺の実忠和尚が全国の神々を修二会に招いた際、若狭の遠敷明神だけが遅刻したという伝説があります。罪滅ぼしとして、遠敷明神は毎年若狭から水を送ることを誓い、それ以来、お水送り・お水取りの儀式が続いているのです。
日本文化において、湧き水は神聖なものとされ、清らかな水は神々や仏に捧げる特別な存在でした。この儀式は、地域の人々が水を大切にする意識を育む役割も果たしてきました。特に若狭は名水の産地であり、その水を神聖視する風土が伝承を支えてきたと考えられます。
また、本日3月3日はひなまつり。ひなまつりには「流し雛」の風習があり、穢れを川に流すことで清らかに生きるという意味が込められています。これもまた、水に対する日本人の特別な思いを示すものです。若狭のお水送りと流し雛の文化には、「水に託して願いを届ける」という共通点があり、私たちの暮らしと水の結びつきを象徴する行事なのですね。
お水送り・お水取りの継承は、地域の水環境が守られてきた証でもあります。もし若狭の水源が汚染されれば、「清らかな水を送る」という伝承の説得力も失われてしまいます。そのため、サステナビリティ的に言えば「持続可能な水資源管理が今後の課題となる」と考えることもできるでしょう。
このように、現代の視点で見ればこの伝統行事は、単なる神話ではなく水環境保護の大切さを改めて認識させる機会なのかもしれません。遠く離れた地の水を尊び、つながりを感じる――この精神こそ、サステナビリティ時代にこそ求められる考え方ではないでしょうか。
科学的に見れば、若狭の水が直接東大寺に届くことは難しい。しかし、水は絶えず循環し、広い意味ではすべての水はつながっています。この伝統行事は、自然と人、地域と地域を結びつける象徴であり、水を大切にする心を未来へ伝えていく大切な文化であると、私は考えます。
水とともに生きる私たちにとって、「お水送り・お水取り」は、科学とロマンが交錯する貴重な伝統なのかもしれません。そして、ひなまつりに流し雛を川へ託すように、私たちは水を通じて願いを未来へと送っているのかもしれませんね。
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それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。